トップ > 人権尊重についての企業の責任-解釈の手引き-

本書は、国際連合人権委員会により承認された「ビジネスと人権に関する指導原則*」のうち、企業の責任に関する部分(指導原則11~24、29、31)について国際連合人権高等弁務官事務所(OHCHR)が作成した「解釈の手引き」の翻訳である。原文(THE CORPORATE RESPONSIBILITY TO RESPECT HUMAN RIGHTS: An Interpretive Guide)はOHCHRのウェブサイト**から取得できる。

この翻訳は、公益財団法人国際民商事法センターが国際連合を代理して提供するものである。翻訳は非公式のものであり、翻訳についての責任は公益財団法人国際民商事法センターが負う。この翻訳は読者の理解に資するためのものであり、利用に当たっては最終的に原文を確認されたい。

ビジネスと人権に関する指導原則は、「ビジネスと人権に関してすべての国家及び企業に今日求められている世界的な実務慣行基準」(「はじめに」参照)として国際社会において浸透しつつある。この翻訳が多くの企業における「ビジネスと人権」についての理解の一助となれば幸いである。

【説明文】責任あるビジネスに向けた企業の取組み(PDF)

* Report of the Special Representative of the Secretary-General on the issue of human rights and transnational corporations and other business enterprises, John Ruggie - Guiding Principles on Business and Human Rights: Implementing the United Nations “Protect, Respect and Remedy” Framework(A/HRC/17/31, 21 March 2011)

** https://www.ohchr.org/Documents/Publications/HR.PUB.12.2_En.pdf

© 2018 United Nations for the Japanese edition All rights reserved worldwide

6年間の調査、協議そして熟考を指導原則の長さの文書にまとめ上げることは不可能である。この解釈の手引きは、これらの原則のうち人権尊重についての企業の責任に関して更なる説明を行うものである。さまざまな分野、問題及び状況におけるこの責任の意味を詳しく伝えていくための努力が続いている中、この手引きが、指導原則そのものの本来の意味や意図についてのそのような努力の健全かつ公正な基盤になる一助となればと願っている。

ジョン・ラギー教授

はじめに

2011年6月、国際連合人権委員会により、国際連合事務総長特別代表であるジョン・ラギー教授が提示したビジネスと人権に関する指導原則が承認された。

この動きにより、ビジネスと人権に関してすべての国家及び企業に今日求められている世界的な実務慣行基準である指導原則が確立した。指導原則そのものは法的拘束力を持つ文書ではないが、国家及び企業にとっての既存の基準や実務慣行の意味について詳細に説明し、さまざまな国際法及び国内法で取り上げられている点を含めたものになっている。

国際連合「保護、尊重及び救済」枠組

指導原則は、綿密な調査、企業、政府、市民団体、影響を受けている個人及び地域社会、弁護士、投資家及びその他のステークホルダーとの広範な協議、また提案内容の実地テストを含む、前特別代表の6年間の努力に基づいたものである。指導原則は、特別代表が2008年に国際連合に提示した「保護、尊重及び救済」枠組を実施するために策定された。この枠組は、次の3本の柱で構成される。

  • 人権を保護するという国家の義務
  • 人権尊重についての企業の責任
  • ビジネスに関連した人権侵害の被害者を救済するための幅広いアクセスの必要性

国連人権高等弁務官は以下のように述べて「保護、尊重及び救済」枠組を歓迎した。

「この枠組は、新しくかつ明瞭なベンチマークを定めたものであり、また我々の社会における人権への理解を発展させる上で重要な節目となるものである。…人権に関して企業に期待される基準を明瞭にすることが、この問題への適切かつ効果的な対応の進展に向けた最初の重要な一歩である。」*1

ビジネスと人権に関する指導原則

指導原則は、「保護、尊重及び救済」枠組の3本柱構造を反映させ、これに基づいて構築されている。指導原則は31の原則から成り、それぞれに簡潔な説明が付けられている。これらをすべて合わせた指導原則は、国家が企業による人権尊重を促すための手順の概要を示し、人権に負の影響を及ぼすリスクを回避するための青写真を企業に提供し、またステークホルダーが企業による人権尊重を評価するための一連のベンチマークを提供する。

指導原則は、企業や市民団体、また国家から、幅広い支持を得た。他の多数の国際及び地域組織も、自身の基準にこの指導原則を反映させており、今後更に多くの組織が反映させていくと見られている。世界中の多くの企業が、その業務において指導原則をどのように実施していくことができるかを既に考えている。

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、6年の長きにわたり、特別代表の監督の下で指導原則へとつながる過程を支援してきた。人権理事会の承認を求める際、高等弁務官は次のように述べている。

「この指導原則は、人権についての企業の責任を明らかにしたものです。事業活動に関連する人権への負の影響のリスクを防止し、またリスクに対処するための初の世界基準となること目指しています。承認されれば、指導原則は権威ある規範的土台となり、国家が、既存の人権に関する義務を遵守した上で、企業による人権尊重を確実なものとするための法的及び政策的手段を講じる際の指針となるでしょう。」*2

ラギー教授が述べたように、指導原則はすべての人権侵害の問題を終わらせるものではないが、その承認をもって最初の段階の終わりを迎える。指導原則は、更なる学びと優れた実践を積み重ねることのできる堅固で実際的な基盤を提供する。

最初の課題は、効率的な実施を確実に行うことである。この解釈の手引きは、前特別代表の全面的な協力において作成されたものであり、効率的な実施プロセスを支援するものである。*3

この解釈の手引きの目的

この手引きは、指導原則の規定や、指導原則が企業について定めた期待を変更し、またはこれに付け加えるものではない。この手引きの目的は、指導原則の意味及び意図の完全な理解を助けるために、指導原則に追加的な背景説明を加えることである。手引きの内容は、ラギー教授の6年間の任務における度重なる協議で取り上げられた内容であり、また教授の多数の公的報告書やスピーチに反映されているものの、これまでにまとめられたことがなかったものである。

この手引きは、指導原則を実務に適用するための厳密な方法を説明した実務マニュアルではない。そのような実務指針は、分野や実務内容、またその他の要素によって異なることから、作成するには更なる努力が必要となる。国連のビジネスと人権に関するワーキンググループは、この点に関して中心的役割を果たすこととなる。加えて、特定の分野や問題点に焦点を合わせている他の組織が、実施に関する自身の意見を既にまとめつつある。人権尊重についての企業の責任について取り上げた指導原則の背景にある意図を更に詳しく説明することにより、これらの組織のこのような活動において、この手引きが助けとなることが望まれる。したがって、この手引きは単に企業だけのためのリソースではなく、政府、市民団体、投資家、弁護士、またこのような問題で企業と関わっているその他の人たちのためのものでもある。

この手引きは、人権尊重についての企業の責任を取り上げているが、これと同じく重要である、企業を含む第三者による人権侵害からの保護という国家の義務を軽減するものではない。

この解釈の手引きの構成

第I章では、指導原則で使用されている主要概念を簡潔に定義する。

第II章及び第III章では、指導原則の中でも人権尊重についての企業の責任について取り上げた部分を中心に扱い、それぞれの原則、その意図、及びその実施の意義の解釈を助ける一連の基本的な質疑応答が掲載される。第II章は人権尊重についての企業の責任の5つの「基盤となる原則」に触れており、これが第III章のすべての「運用上の原則」の基盤となる。この運用上の原則は、企業が人権尊重のために定めるべき方針及びプロセスを詳述したものである。これらは、指導原則と同様の構成となっている。

  • A. 方針によるコミットメント
  • B. 人権デュー・ディリジェンス
  • C. 是正
  • D. 状況の問題

指導原則は、第2の柱(人権尊重についての企業の責任)と第3の柱(救済へのアクセス)の両方で是正の問題を取り上げている。ここでは、ビジネスに関連する救済へのアクセスに関するその両方の指導原則を、完全を期すために「是正」の箇所で取り上げている。セクションDでは、企業がすべての人権を尊重することができないまたは制限されるようなビジネス活動の状況がある場合のジレンマを扱う。

付録には、有用な参考資料が含まれる。

この解釈の手引きの立場

指導原則に記載された正式な注釈は、引用時を除き、本手引きでは繰り返さない。本手引き中の質疑応答は、そのような注釈以外の、指導原則を理解する上での更なる詳細と手助けを提供するためのものである。したがって、この質疑応答は、注釈を補足するものであるが、これに代わるものでも、優先するものでものない。

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I. 主要概念

実際の人権への影響

「実際の人権への影響」とは、既に発生した、または発生中の、負の影響である。

人権への負の影響

「人権への負の影響」は、ある行為により個人がその人権を享受する力が失われた、または損なわれた時に、発生する。

取引関係

取引関係とは、企業が、取引先企業、バリューチェーン上の組織、及び企業の事業、製品またはサービスと直接関係のある非国家または国家組織との間に有する関係をいう。これには、バリューチェーンにおける一次的な取引先の先にある間接的な取引関係や、ジョイントベンチャーにおける支配株主の立場のみならず少数株主の立場が含まれる。

加担

加担という言葉は、法律的及び非法律的な意味の両方を持つ。法律上の問題としては、ほとんどの国内法規が犯罪行為への加担を禁じており、またこの場合における企業の刑事責任を認めているものもある。国際刑事法の判例は、幇助、教唆に関する基準について「犯罪の実行に実質的な効果をもたらすような実際的援助または奨励を故意に提供すること」という点に重きを置いている。

非法律的な「加担」の例としては、他者によって行われた人権侵害から企業が利益を得ているとみられる場合、例えば、その企業のサプライチェーンにおける奴隷のような慣行のためにコストが削減されていたり、またはそのようにする道義的な理由があるにもかかわらず、企業自身の事業、製品またはサービスに関連する人権侵害に直面した時に声を上げなかったりした場合が挙げられる。たとえこのような形での侵害への関与について企業が裁判所から加担を問われていないとしても、世論は、ハードルを下げ、こういった企業に相当なコストを負担させることがある。

人権デュー・ディリジェンス・プロセスは、法律的な加担だけでなく、非法律的な(あるいはそのように受け止められる)加担のリスクを明確にし、適切な対応を生じさせるものでなければならない。

デュー・ディリジェンス

デュー・ディリジェンスは、「特定の状況において、合理的かつ思慮分別ある[人]が期待され、また一般に行使することが適切とされる、思慮分別さ、活動もしくは勤勉さの手段で、絶対的な基準ではなく、特有の場合の相対的な事実に応じて測られるもの」と定義されてきた。*4 指導原則においては、人権デュー・ディリジェンスは、合理的かつ思慮分別ある企業が、その状況(分野、事業活動の状況、規模及びこれらに類似する要素を含む)に照らして、人権に関する自身の責任を果たすために実行しなければならない持続的な管理プロセスで構成される。

重大な人権侵害

国際法において重大な人権の侵害の統一的な定義は存在しないが、一般的には次のものが含まれる:集団殺害犯罪、奴隷制度及び奴隷制度に類似する慣行、即決のもしくは恣意的な処刑、拷問、強制失踪、恣意的かつ長期の拘置、及び組織的差別。経済的、社会的及び文化的な権利を含むその他の人権の侵害もまた、それが重大かつ組織的なものである場合、例えば、大規模なまたは特定の住民の集団を対象としたものである場合には、重大な侵害とみなされる。

人権及び国際犯罪

最も深刻な人権の侵害の中には、国際犯罪を構成するものがある。国際犯罪は、国際刑事裁判所(ICC)に関するローマ規程に基づき、国家間で定義される。国際犯罪とは、集団殺害犯罪(「国家的、民族的、人種的または宗教的な集団に対し、その全部または一部を破壊する意図を持って行われる行為」)、人道に対する犯罪(文民である住民に対してなされた殺人、奴隷化、拷問、強姦、差別的迫害その他の広範かつ組織的な攻撃)、戦争犯罪(国際人道法に定める)及び侵略犯罪である。

人権リスク

企業の人権リスクは、その事業活動が1つまたは複数の人権への負の影響につながるリスクである。したがって、それは、潜在的な人権への影響に関係している。従来のリスク評価においては、リスクは、ある出来事の帰結(深刻度)及びその発生可能性の2つで評価される。人権リスクの場合は、深刻度が支配的要因である。発生可能性は、ある状況において潜在的な影響に取り組む順序の優先順位を付ける助けにはなるかもしれない(下記の「深刻な人権への影響」を参照)。重要なのは、企業の人権リスクとは、その事業活動が人権に与えるリスクであるということである。これは、人権への影響への関与が企業に与えるリスクとは別のものである。もっとも、両者はますます関係性を強めている。

影響力

影響力とは、影響を及ぼす力を与える優位性である。指導原則においては、企業が、人権への負の影響を引き起こすまたはその原因となるような他の者の不当な慣行を変えさせる力をいう。

軽減

人権への負の影響の軽減とは、是正が必要な影響は残りつつも、その範囲を減少させるために取られる措置をいう。人権リスクの軽減とは、特定の負の影響が発生する可能性を削減するために取られる措置をいう。

潜在的な人権への影響

「潜在的な人権への影響」とは、発生する可能性があるものの、未だ発生していない負の影響をいう。

防止

人権への負の影響の防止とは、そのような影響が発生することのないように取られる措置をいう。

是正/救済

是正と救済は、人権への負の影響について救済を提供するプロセス、及び負の影響を弱めまたは修復するような実質的な成果の双方をいう。このような成果は、謝罪、原状回復、リハビリテーション、金銭的または非金銭的補償、及び懲罰的制裁(罰金などの刑事罰または行政罰)、さらには、例えば行為停止命令や再発防止の保障による危害の防止といった、さまざまな形を取る場合がある。

主要な人権

企業にとって最も主要な人権とは、大きなリスクにさらされているものとして際立っている人権であり、通常、分野や事業活動の状況により異なっている。指導原則では、企業が最も主要な人権の問題にのみ注力し、生じる可能性のある他の人権の問題を看過すべきではないことを明らかにしている。ただし、企業は、必然的に、その主な努力を最も主要な人権に集中させることとなるであろう。

深刻な人権への影響

指導原則の注釈では、その規模、範囲、及び是正困難度を基準に、深刻な人権への影響を定めている。これは、その重大性や、(例えば、環境被害による後遺症により)影響を受けているまたは受けるであろう人の数の両方が関連する考慮事項となることを意味する。「是正困難度」は、第三の関連要素であり、ここでは、影響を受けた者を、負の影響を受ける前の状態と少なくとも同様または同等の状態に回復する力に関する限界を意味する。このため、金銭的補償は、金銭的補償によってそのような回復を提供することができる範囲でのみ、関連がある。

ステークホルダー/影響を受けるステークホルダー

ステークホルダーとは、組織の活動に影響を与える、またはこれにより影響を受ける可能性がある個人をいう。影響を受けるステークホルダーとは、ここでは特に、その人権が企業の事業、製品またはサービスによって影響を受ける個人をいう。

ステークホルダーエンゲージメント/協議

ステークホルダーエンゲージメントまたは協議とは、ここでは、企業と潜在的にその影響を受けるステークホルダーの間の意思の疎通及び対話の持続的なプロセスで、共同でのアプローチによるものを含め、企業がそれらの者の関心や懸念に耳を傾け、理解し、対応することを可能にするものをいう。

バリューチェーン

企業のバリューチェーンには、価値を付加してインプットをアウトプットに転換する活動が含まれる。バリューチェーンには、その企業と直接的もしくは間接的な取引関係を有し、かつ、(a) 企業自身の製品もしくはサービスへの貢献となる製品もしくはサービスを供給する、または、(b) 企業から製品もしくはサービスを受ける組織が含まれる。

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II. 基盤となる原則

指導原則 11

企業は人権を尊重すべきである。これは、企業が他者の人権を侵害することを回避し、関与する人権への負の影響に対処すべきことを意味する。

指導原則 12

人権を尊重する企業の責任は、国際的に認められた人権に拠っているが、それは、最低限、国際人権章典で表明されたもの及び労働における基本的原則及び権利に関する国際労働機関宣言で挙げられた基本的権利に関する原則と理解される。

問1 人権とは?

人権という概念は、単純だが、強力である。すなわち、人は尊厳をもって扱われる権利を持つということである。人権は、すべての人間が本来持っているものであって、それは国籍、居住地、性別、出身国や種族的出身、肌の色、宗教、言語、またはその他の状態を問わない。すべての個人が差別を受けることなく人権を享受する権利を持つのである。これらの権利は、すべて相互に関連しており、互いに依存しており、また不可分である。

人権は、しばしば条約や慣習国際法、一般原則、そしてその他の国際法源の形で、法によって表され、保障される。国際人権法では、個人や集団の人権と基本的自由を推進し、保護するために、国家に対して特定の方法で行為しまたは特定の行為を慎むという義務を定めている。

第二次世界大戦の残虐行為の再発を防ぐため、1948年世界人権宣言が多くの国の代表者によって起草され、現在の人権法の礎となっている。1993年のウィーンの世界人権会議において、全171参加国がその宣言において示された理想に対する誓約を再確認した。

世界人権宣言は、いずれも1966年の市民的及び政治的権利に関する国際規約及び経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約を通じて国際法として成文化されている。これらの規約はそれぞれ、150を超える国家により批准されている。これら3つの文書すべてを合わせたものが国際人権章典として知られている。

労働者の人権の分野では、「労働における基本的原則及び権利に関する国際労働機関の宣言」により、そのすべての加盟国に対し、4つの分野の原則と権利、すなわち、結社の自由及び団体交渉権の承認、強制労働の禁止、児童労働の廃止、そして雇用及び職業における差別の撤廃が委ねられている。これらは国際労働機関(ILO)の8つの中核的条約により網羅されている。

上記の文書をすべて合わせて、指導原則が国際的に認められた人権として述べる最低基準を構成する。

問2 人権はどのように国家と関わっているのか?

国家には、その国家自身が批准した国際的な人権条約に定められた人権を尊重し、遵守し、実現する法的義務がある。同様の責任が、通常それらは法的拘束力を持たないが、人権宣言や国家が行ったその他の政治的誓約からも生じる。

国家が人権を尊重する義務とは、国家が人権の享受を妨害し、または奪うことを慎まなければならないということを意味する。人権を尊重する国家の義務は、個人や集団を、企業によるものを含めて、人権侵害から国家が守ることを要求するものである。人権を実現する国家の義務とは、基本的人権の享受を促進するために国家が積極的な措置を取らなければならないことを意味する。

問3 人権はどのように企業と関わっているのか?

国際的な人権条約は、一般に企業に直接的な法的義務を課していない。したがって、企業による国際人権基準の侵害についての法的責任と強制力は、主として国内法により定められている。*5  しかし、企業の行為は、他の国家以外の主体の行為と同じように、他者の人権にプラスまたはマイナスの影響を及ぼす可能性がある。企業は、その従業員、その顧客、サプライチェーンの労働者、またはその事業活動の周辺の地域社会の人権に影響を及ぼす可能性がある。実際に、そのようなリスクやリスクの軽減方法に十分な注意を払っていない場合に、企業が人権を侵害する可能性があり、また実際にそのようなことが生じていることが経験により示されている。

国際人権章典及び中核的なILO条約は、企業にとって、人権とは何であるのか、企業自身の活動がどのようにそれらに影響を及ぼすのか、またどのようにして負の影響のリスクを防止または軽減するのかについての理解を進める上での基本的基準となる。「Human Rights Translated: A Business Reference Guide」では、それぞれの人権についての幅広い事例を取り上げている。*6  (別の形で企業が人権への負の影響に関与する可能性の例については、ボックス2も参照のこと)。

問4 さらにどのような人権基準が関係する可能性があるのか?

その事業活動の状況に応じて、企業は、人権を尊重した行動を確実なものとするために、国際人権章典や中核的なILO条約以外の更なる基準を考慮する必要が生じる可能性がある。例えば、企業の活動が、特別な注意を要する特定の集団または地域住民に属する個人の人権にリスクをもたらす可能性がある場合である。国際連合の人権に関するいくつかの文書は、このような集団または地域住民に属する人々の人権について、これらの人々が差別を受けることなく人権を存分に享受するためには特別な便宜または保護を必要としていることを認めて、詳しく取り上げてきた(ボックス1参照)。

脆弱な個人、集団そして地域社会とは、差別やその他の人権への負の影響にさらされるという特定のリスクに直面した個人、集団そして地域社会である。恵まれない境遇にあり、社会から取り残され、または排除された人々は、多くの場合に特に脆弱な存在である。例えば、子ども、女性、先住民族、民族的もしくはその他の少数者に該当する人々、または障害のある人が挙げられる。脆弱性は、状況に応じて異なる。例えば、女性はある状況においては男性よりも侵害に対してより脆弱だが、すべての状況において必ずしも脆弱であるというわけではない。逆に、ある状況においては、社会から排除された集団に属する女性は二重に脆弱であるといえる。なぜならば、このような人は社会から排除されており、かつ女性であるからである。

武力紛争の状況においては、国際人道法の基準が企業にもそれ以外にも適用される。またその反面、国際人道法では、武装交戦に直接に関与しないことを条件として企業の職員や企業の資産及び資本投資に保護を与えている。また一方で、国際人道法は管理職や職員に対して国際人道法に違反しないという義務を課しており、違反があった場合にこれらの者(及び企業自身)が刑事責任及び民事責任に問われるリスクがある。赤十字国際委員会は、国際人道法に基づく企業の権利及び義務についての手引きを作成している。*7

ボックス 1

特定の集団または地域住民に属する人々の権利を詳述した国際連合の人権に関する文書

  • あらゆる形態の人種差別撤廃に関する国際条約
  • 女子に対するあらゆる形態の差別撤廃に関する条約
  • 児童の権利に関する条約
  • すべての移住労働者とその家族の権利の保護に関する国際条約
  • 障害者の権利に関する条約
  • 先住民族の権利に関する国際連合宣言
  • 民族的または種族的、宗教的及び言語的少数者に属する者の権利に関する宣言

多くの場合、これらの文書における権利は、そこで取り上げられている集団に属する個人に関するものである。先住民族の権利に関する国際連合宣言は、先住民である個人と先住民族の集団的権利の両方を取り上げている。

問5 なぜ国際的に認められた人権のすべてがビジネスに関係するのか?

人権尊重についての企業の責任は、国際的に認められたすべての人権に適用される。なぜならば、企業は-直接的または間接的に-実質的にはこれらの権利のすべての領域に影響を与える可能性があるからである。明らかに国家に向けられた公正な裁判を受ける権利といった権利でさえも、例えば企業が証拠隠しや証人への干渉を行った場合などには、負の影響を与える可能性がある。実際問題として、特定の産業や状況においては他の権利よりも関連性が高くまたは顕著となる権利もあるため、企業はこれらについてはより注意を払うこととなる。例えば、複数の国の工場において労働者が製造した製品を扱うアパレル分野の企業にとって最も顕著な人権リスクは、先住コミュニティを移転させなければならない採取分野の企業にとって最も顕著な人権リスクとは異なる。しかし、原則として、いかなる企業であっても、国際的に認められた人権のいずれかに対して負の影響を引き起こしまたは助長しない、ということはない。したがって、人権尊重についての責任を特定の分野の特定部分の権利に限って適用することは、不可能なのである。

問6 人権の「侵害を回避する」とはどういう意味か?

これは、そのプロセスにおいて個人の人権を害することがない限り、企業は法律の範囲内で事業活動を行うことが可能であることを意味する。例えば、工場または鉱山が周辺地域社会の水源を汚染し、そのために人々が以前と同様に安全な飲料水を手に入れることができなくなった場合、その企業は、安全な飲料水についての権利の享受を侵害したことになる。または、企業が正当な法の手続、協議及び補償によらずに地域住民を立ち退かせる場合、その企業は、相当の住居に暮らす権利を侵害することになる。

問7 人権を尊重する責任は、企業にとって任意のものか?

そうではない。多くの場合において、企業が人権を尊重する責任は、少なくともその一部が国際人権基準に対応している国内法規に反映されている。例えば、人々を汚染された食品や汚染された水から守る法律や、職場の基準をILO条約に従ったものとし、また差別から保護することを義務付けた法律、または治験への参加前に患者に対してインフォームドコンセントを行うことを求める法律など、国内法が企業に人権を尊重させるためにその行動を規制する手段は実にさまざまである。

しかし、人権を尊重する責任は、そのような国内法の規定の遵守に限定されない。これは法律の遵守を超えて存在し、すべての状況においてすべての企業に期待される行動の世界的な基準を構成する。したがって、これはまた、企業自身の人権についてのコミットメントと関係なく存在する。これは、経済協力開発機構(OECD)の多国籍企業行動指針などのソフトロー文書に反映されている。企業が尊重の責任を果たさなかった場合には、法律上、財政上及び評判の上の帰結が待ち受けている可能性がある。このような責任放棄を行えば、企業が職員を採用及び維持する力、また許認可、投資、新規プロジェクトの機会または成功している持続可能な事業に欠かせない同様の恩恵を獲得する力も、損なわれる可能性がある。結果として、企業が人権にリスクをもたらせば、それによって企業自身の長期的な利益にもリスクがもたらされることになる。

問8 企業には人権について更なる責任があるのか?

指導原則は、企業がどこで事業を行っていようと、人権についてのすべての企業の基本的な責任を定めている。これ以外にも、人道主義的な理由から、企業の評判を守り高めるために、あるいは新たなビジネスの機会を広げるために、企業は自主的に人権についてのコミットメント-特定の人権の推進など-を果たしている場合がある。国内の法律や規制が、特定のプロジェクトについての公的機関との契約のように、一定の状況において人権に関する追加的活動を企業に求める場合もある。例えば、給水サービスのための国家との契約では、水についての人権の実現の支援を企業に求めることがある。事業活動の状況もまた、特定の状況において企業が更なる責任を負うことにつながる場合がある。例えば、企業は、周辺地域社会からその事業活動への支援を獲得または維持するために、地域の保健医療や教育などへの社会的投資の必要性を見出だす場合がある(いわゆる、社会的な操業許可)。人権へのサポートはまた、国際連合グローバル・コンパクトの署名者が行ったコミットメントの一部を形成する。

ある状況において、ある企業が、人権の尊重にとどまらず、更にその促進に努める責任が存在するかどうかについて、議論が継続している。これは、すべての企業のすべての状況における責任の世界的基準を定め、したがって、人権を尊重する責任に焦点を当てた指導原則の範囲を超えた問題である。人権の尊重は、企業の中核的な事業活動-日々の業務をどのように行うか-に関するものであって、その中核的な事業活動以外の任意の活動(たとえそれがどれほど歓迎されるとしても)に関するものではないのである。

また、人権に生じた損害について二酸化炭素の排出量の問題における相殺(オフセット)に相当するものは存在しないことに留意しておくことも重要である。すなわち、ある分野で人権を尊重しなかった場合に、それを他の分野で提供された利益で帳消しにすることはできないのである。

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指導原則 13

人権を尊重する責任は、企業に次の行為を求める。

(a)
自らの活動を通じて人権に負の影響を引き起こしたり、助長することを回避し、そのような影響が生じた場合にはこれに対処する。
(b)
たとえその影響を助長していない場合であっても、取引関係によって企業の事業、製品またはサービスと直接的につながっている人権への負の影響を防止または軽減するように努める。

問9 企業はどのように人権への負の影響に関与する可能性があるのか?

企業が人権についての負の影響に関与する場合として、次の3つの基本的な可能性がある。

(a)
企業は、企業自身の活動を通じて影響を引き起こす可能性がある。
(b)
企業は、企業自身の活動を通じて-直接に、または外部機関(政府、企業その他)を通じて-影響を助長する可能性がある。
(c)
企業は、影響を引き起こさず、助長もしていないものの、その影響が、取引関係があり、かつ企業自身の事業、製品またはサービスに関連する組織によって生じているという理由で関与する可能性がある。

それぞれのシナリオには、企業の責任の性質について、それぞれ異なる内容が含まれている。これについては、問11において検討し、更に指導原則19において詳述する。

図表

ボックス 2

企業による人権への影響の例

企業が人権への負の影響を引き起こしたとみなされる状況の例:

  • レストランによる顧客対応における日常的な人種差別。
  • 工場作業員が適切な安全装備なしで危険な労働環境にさらされる。
  • 生産工程からの化学物質の流出が地域の飲料水の唯一または主な汚染源となる。

人権への負の影響を助長しているとして責任を問われる企業の例:

  • インターネットサービス利用者に関するデータを政府に提供し、政府がそのデータを人権に反して政治的反体制者の追跡及び起訴のために使用する。
  • 収容者の非人道的な扱いが疑われる収容所の建設及び保守を実行する。
  • 糖分の多い食事や飲み物を子供をターゲットとして、子供の肥満に影響を与える。
  • 製造期限や価格を調整することなく、土壇場でサプライヤーに対して製品要件を変更し、それにより、納品に間に合わせるためサプライヤーに労働基準違反を余儀なくさせる。

企業自身が助長したものではないが、取引関係によって、企業の事業、製品またはサービスに直接につながっている負の影響の例。

  • 事業活動のためにある企業への貸付を行ったが、その企業が合意された基準に違反し、地域住民を立ち退かせる。
  • 小売業者の衣料品の刺繍が、契約義務に反して、サプライヤーから家庭での児童労働者に再委託される。
  • 医療機関が、男児を優先するために中絶を勧めようとして、女の胎児を映し出すためにスキャンを使用する。

Human Rights Translated には企業による人権への負の影響への関与についての更なる事例が掲載されている。

問10 「人権への負の影響」とは何を意味するのか?

「人権への負の影響」は、ある行為によって、個人がその人権を享受する力を奪われた、またはその力が低下した時に生じる。

指導原則では、人権への「実際の」影響と「潜在的な」影響とを区別している。実際の影響とは既に生じたまたは現在生じている影響であり、潜在的な影響とは、生じる可能性があるが、現時点では生じていない影響である。

実際の影響には是正が必要である(指導原則22を参照)。潜在的な影響-または人権リスク-には、可能である限り最大限に、それが現実になることを防ぐ、または少なくとも軽減する(縮小させる)ための措置が必要である(人権デュー・ディリジェンスに関する指導原則17-21を参照)。人権について何らかの影響が残ることが避けられない場合は、それについても是正が必要である。

問11 人権への負の影響への関与のリスクがある場合に企業は何をすべきか?

それぞれ異なる状況における適切な対応については、指導原則19で詳細に取り上げる。要約すれば、

(a)
企業が企業自身の活動を通じて人権への負の影響を引き起こしまたは助長するリスクがある場合、企業は、影響の発生または再発の機会を防ぎまたは軽減するために、原因となっている活動を中止または変更すべきである。それにもかかわらず影響が生じた場合には、企業は、直接に、または他の者(裁判所、政府、関係する他の企業またはその他の第三者など)と協力して、積極的にその是正に携わるべきである。
(b)
影響が取引関係によって企業の事業、製品またはサービスにつながっていることのみを理由として企業が負の影響に関わるリスクがある場合、企業は、その影響そのものについては責任を負わない。その責任は、その影響を引き起こし、または助長した組織にある。したがって、企業は是正を行う必要はない(もっとも、企業自身の評判を守るため、またはその他の理由で是正を行う選択をする場合はある)。ただし、企業には、影響を引き起こし、または助長した組織に対してその再発を防止または軽減することを奨励するために、自身の影響力を行使する責任がある。これには、その組織や支援することが可能なその他の者と協働することが含まれる。

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指導原則 14

人権を尊重する企業の責任は、その規模、業種、事業状況、所有形態及び組織構造に関わらず、すべての企業に適用される。しかしながら、企業がその責任を果たすためにとる手段の規模や複雑さは、これらの要素及び企業による人権への負の影響の深刻さに伴い、様々に変わりうる。

問12 企業の人権への影響の「深刻さ」は、ここに列記された他の要素とどのような関連があるのか?

潜在的な人権への負の影響の深刻さは、企業が人権を尊重していることを自覚し、示すために企業が定めなければならないプロセスの規模や複雑さを決定する上で最も重要な要素である。したがって、プロセスは、まず何よりも、その事業活動の人権リスクに比例したものでなければならない。

問13 「深刻な」人権への影響とは何を意味するのか?

この原則の注釈では、「影響の深刻さは、その規模、範囲及び是正困難度で判断される」と記している。これは、影響の重大さ(その規模)及び影響を受けているまたは受けるであろう個人の人数(その範囲)の両方が関係することを意味する。「是正困難度」は第三の関連要素であり、ここでは影響を受けた者を負の影響を受ける前の状態と少なくとも同様または同等の状態に回復する力の限界を意味するものとして使用されている。

影響が「深刻」とみなされるために、その影響にこれらの要素のうち複数が備わっていなければならないわけではないが、影響の規模や範囲が大きければ大きいほど、「是正可能性」は低くなることが多い。

「深刻さ」の概念については、リスク評価との関連によるものを含め、指導原則24において更に取り上げる。

問14 企業の規模は、その人権尊重についての責任とどのように関係するのか?

すべての企業は、その事業を行っていく上で、人権尊重について同じ責任を負っている。しかし、企業の規模は、責任を果たす方法の種類についてしばしば影響を及ぼす。

大企業は、中小企業よりも多くの従業員を抱えており、一般により多くの活動を行い、またより多くの取引関係を結んでいる。このことは、その人権リスクを増大させる可能性がある。また大企業は、意思決定、コミュニケーション、管理及び監督について、より複雑なシステムや手続を定める傾向がある。大企業は、中小企業よりも、複数の国にわたる多くの業務、バリューチェーンとの関係、クライアントや顧客を抱える傾向があり、基準の実施と監視がより難しくなる。

大企業が抱えているバリューチェーンも、さまざまな形の関係性を備えた、より長くかつより複雑なものであり、その中には他よりも大きな人権リスクを伴うものもある。

大企業が人権の尊重を企業全体として確実なものとするために必要な方針やプロセスは、こうしたすべての要素を反映している必要がある。そうした方針やプロセスは、人権リスクを伴う活動や取引関係に関するすべての方針やプロセスに波及されていなければならない。人権の尊重を企業のすべての関連部署や部門に定着させることの重要性は、指導原則16で更に取り上げる。

中小企業は大企業と比べて余力が少なく、そのプロセスや経営構造も略式であり、その方針とプロセスは異なる形を取る。従業員もより少ないため、部署間のコミュニケーションは取りやすく、形式張ったものとはならない。内部システムや監視機能は、通常、それほど複雑ではないことが多い。

多くの場合、中小企業の事業活動において人権の尊重を定着させるために必要な方法は、その事業活動がより単純であることが反映されたものとなる。しかし、規模は、企業がその人権リスクを管理するために必要なプロセスの性質と範囲を判断する上で、決して唯一の要素ではない。その実際の及び潜在的な人権への影響の深刻さが、より重大な要素となる。例えば、職員が10名未満の中小企業であっても、採掘に関連する紛争と人権侵害が存在する地域からの鉱物や金属を扱っている場合は、非常に高い人権リスク特性を有することになり、そのような人権侵害に関与していないことを裏付けるための方針及びプロセスは、その人権リスクに応じたものとする必要がある。

指導原則17の注釈では、すべての企業、特に中小企業が効果的かつその人権リスクやリソースに応じた人権デュー・ディリジェンスを実施する際、外部の専門知識や蓄積リソースがどのように企業を支援することができるかについて取り上げている。

問15 企業の業種及び事業活動の状況はどのように人権尊重についての責任に関係するのか?

すべての企業は、国際的に認められた人権すべてを尊重するという同じ責任を持つ(指導原則12を参照)。とは言っても、通常は、企業の業種とその事業活動の状況によって、その通常の業務の過程において影響が生じるリスクが最も大きいのはどの人権であるのかが決まってくる。

地域のステークホルダーとのエンゲージメントは、しばしば企業にとって、業務を行っている状況の理解を深めるために役立つ。

企業の業種は、それが関わる多くの活動を決定するが、その一部には特定の人権リスクが伴う場合がある。例えば、農業関連産業の企業は、新規の農業活動のために土地に投資することがしばしばある。この土地は、法的な権原が認められているか否かにかかわらず、居住地であったり、またはコミュニティがその生計のために使用していたりする場合がある。これは、関係者の相当の水準の生活についての権利にとって、特定のリスクを作り出す。情報通信技術会社には、データ共有や検閲の結果、その利用者のプライバシーや情報についての権利に影響を及ぼすといった特定のリスクがある。化学薬品会社や多くの製造会社、また炭鉱会社など、有毒製品を用いて日頃から作業している業種の企業は、安全な水についての権利に特定のリスクをもたらす可能性がある。(これらは例証にすぎない。これらの業種ではこの他の権利もリスクにさらされている可能性がある。)

企業の事業活動の状況もまた、著しい違いをもたらす可能性がある。国家機関による労働法の施行と執行が不十分である場合、その地域のサプライヤーとの協働には、労働権の侵害に関わることとなるという、より高いリスクが伴う。その区域が紛争による影響を受けており、またはその傾向がある場合は、安全、生存権そして民族差別に関する特定のリスクが存在する場合がある。地域が水不足で苦しんでいる場合は、安全な水についての権利への負の影響のリスクは高いものとなる。影響を受けているコミュニティに先住民族が含まれている場合は、その権利は、文化についての権利を含め、特定のリスクにさらされる可能性がある。

したがって、業種や事業活動の状況に関するこうした要素は、特定の企業の事業活動においてどの人権が最も大きなリスクにさらされているかを判断する上で、特に関連性があり、または際立っている要素である。上で強調したとおり、このことは、これらをその唯一の焦点とすべきであることを意味しないが、これらは、もっとも体系的に日頃から注意されることを必要とすると思われる。

問16 企業の所有形態は人権を尊重するという責任にどのように関係するのか?

すべての企業は、所有形態にかかわらず、人権を尊重するという同じ責任を負っている。それは、企業が上場しているか、私企業であるか、国有企業であるか、ジョイントベンチャーであるか、またはその他の混合の所有形態であるかにかかわらず、適用される。

国有企業、すなわち、国家が企業を支配またはその他の方法で企業の行為が国家に帰属する場合、そのような国有企業による人権侵害は、国家自身の国際法についての義務違反を構成する可能性がある。*8 国家が企業を所有または支配している場合、国家は、その権限において、人権の尊重についての関連する方針、法令及び規制が執行されるようにする最大の手段を有していることになる。上級管理者は、通常、国家機関に対して報告を行い、また関連する政府の部局は、効果的な人権デュー・ディリジェンスの実施の実現を含め、精査及び監視についてより大きな権限を有する。人権を尊重及び保護する国家の法的義務は、人権を尊重するという企業自身の責任に付け加えられるものであって、どのような場合であれ企業の責任を軽減するものではない。

重大な人権リスクを伴うジョイントベンチャーについては、その事業活動における人権の尊重を実現するための必要な基本事項を、当該ジョイントベンチャーの事業の基盤となる法的その他の合意書に確実に定めることが特に重要である。

問17 企業の構造が人権を尊重するという企業の責任にどのように関係するのか?

企業の構造はさまざまである。例えば、他の企業から全く独立したもの-法律上も、機能上も-もあれば、フランチャイズ加盟店として多かれ少なかれ制約を課せられるフランチャイズモデルによるものもある。また協同組合の形態のものもあり、または企業グループを結びつける持株会社を作るものもある。それ以外にも、親会社と子会社として事業活動するものもあり、その場合、親会社が行使する支配の程度はさまざまであり、それに応じて子会社に対して委譲される権限の程度もさまざまである。

企業のグループ構造は、グループ内の組織が人権を尊重する必要性の有無について違いを生じさせない。グループ構造は、例えば、その契約上の取り決め、内部管理システム、ガバナンスまたは説明責任の構造を通じてなど、権利が実務において確実に尊重されるようにする方法にだけ影響を与える。人権侵害が生じた場合、責任の所在は、管轄地において適用される国内法によって判断される。

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指導原則 15

人権を尊重する責任を果たすために、企業は、その規模及び置かれている状況に適した方針及びプロセスを設けるべきである。それには以下のものを含む。

(a)
人権を尊重する責任を果たすという方針によるコミットメント
(b)
人権への影響を特定し、防止し、軽減し、そしてどのように対処するかについて責任を持つという人権デュー・ディリジェンス・プロセス
(c)
企業が引き起こし、または助長する人権への負の影響からの是正を可能とするプロセス

問18 単に害を回避するという問題であるなら、なぜ方針及びプロセスが必要なのか?

人権の尊重は、消極的な責任ではない。それは企業の側での行動を要する。人権を尊重していると企業が言うのは比較的簡単であり、また企業が実際にそのとおりであると純粋に信じている可能性もある。しかし、この主張に正当性を与えるには、企業は、その実務において実際に人権を尊重していることを自覚していなければならず、また示すことができなければならない。つまり、言い換えれば、企業は、特定の方針及びプロセスを備えることを求められる。指導原則では、これを「方針によるコミットメント、人権デュー・ディリジェンス・プロセス及び是正を可能にするプロセス」と定義している。

第II章では、この方針及びプロセスを構築し、またその人権リスクの効率的な管理を可能とするという目的を全体として確実に果たす上で、企業が考慮すべき要素について詳述する。特に、セクションAでは方針によるコミットメントについて、セクションBでは人権デュー・ディリジェンスについて、そしてセクションCでは是正について、それぞれ詳述する。最後に、セクションDでは、特定の状況において生じる問題や課題について詳述する。

問19 何が方針及びプロセスを「規模及び状況に適した」ものにするのか?

この質問に対するただ1つの回答というものは存在しない。これは、企業の人権への負の影響の深刻さに特に注意を向けた指導原則14で取り上げたすべての要素に応じて決まる。

優れた方針及びプロセスは、必ずしも資源を集約しなければならないとは限らない。企業の人権リスク特性が低い場合は、そのようなリスクに取り組むためのプロセスもそれに応じて単純なものとなる可能性がある。さらには、企業は、コストを管理可能とするために、外部のリソースを利用することで恩恵を受ける可能性がある(ボックス3及び付録IIを参照)。

問20 どれくらい早く企業がこれらすべてを実現することが期待されているのか?

人権を尊重していると主張し、または尊重すると約束することは、企業にとって比較的簡単であるが、特に膨大な人数の職員や複数の複雑な取引関係を抱え、またさまざまな場所で事業を行っている大企業においては、その約束を果たすことは著しく複雑であると考えられる。これはまた、このような問題が比較的新しく生じた企業にとっても課題である。さらには、人権の尊重を維持するには、新たな課題に対応していくための継続的な努力がしばしば必要となる。

したがって、たとえ企業が人権を尊重する責任を迅速に認識したとしても、現実には、実務においてそのような責任を果たしていることを自覚して示すには、時間が必要となる場合がある。企業は、方針によるコミットメントが単なる願望であると示唆することで、この問題を乗り切ろうとすべきではない。それはコミットメントが流動的または守れない余地のあるものであるとほぼ必然的に示唆することになり、その達成に向けた従業員やビジネスパートナーの期待感ややる気を削いでしまう。さらには、人権を尊重するという責任は、企業自身のコミットメントにかかわらず存在する。人権を尊重する責任は、その責任を果たすというコミットメントによって生じるものではない。

ボックス 3

多くの企業-中小企業のみならず-が人権尊重という責任を果たすための努力について、これをサポートし、支援する外部専門知識の助けを受けることができる。まず着目すべきは、書面資料であるか、視聴覚資料であるか、人材であるかを問わず、そうした外部専門知識の信用性である。これを評価するにはさまざまな方法がある。例えば、

  • 他の企業による使用成功例があるか?
  • ステークホルダーによって信頼されており、かつその分野で評判の高い個人や組織によって作成されたものであるか?
  • 他の評判の高い個人や組織により言及され、使用され、または信頼されているか(人権専門家を含め、業界、学会、市民団体などにおいて)?

企業には、自身が必要としている方針及びプロセスを構築または整備する過程を管理するための努力について透明性を確保することが望まれる。例えば、企業は、さまざまな実施段階について定めたスケジュールに関する公開情報を提供することができる。企業は、新たなプロセスの開発に関して企業に助言または企業の努力を監督する独立の専門家-市民団体、国の人権機関、学会その他からの評判の高い個人-から成るグループを採用することも可能である。企業がこのような種類のステークホルダーまたは専門家から成る協議機関を用いる場合、協議機関からの第三者的な報告の一部は、企業の持続的な努力に対して重要な透明性と信頼性を与えることができる。

要約すれば、企業が方針によるコミットメントを実現させるための真剣なプロセスに取り組んでいることを示すことができれば、そのコミットメントを果たすための内部指針、手続及び実務慣行を企業が整備するために必要な空間を生み出す助けとなる可能性がある。実際に、企業の人権についての課題が時間の経過につれて変化しており、それに取り組むシステムを調整する必要がある場合は、この種のアプローチは、継続的に役立つアプローチとなりうるだろう。

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III. 運用上の原則

A. 方針によるコミットメント

指導原則 16

人権を尊重する責任を定着させるための基礎として、企業は、以下の要件を備える方針の声明を通して、その責任を果たすというコミットメントを明らかにすべきである。

(a)
企業の最上級レベルで承認されている。
(b)
社内及び/または社外から関連する専門的助言を得ている。
(c)
社員、取引先、及び企業の事業、製品またはサービスに直接関わる他の関係者に対して企業が持つ人権についての期待を明記している。
(d)
一般に公開されており、全ての社員、取引先、他の関係者にむけて社内外にわたり知らされている。
(e)
企業全体にこれを定着させるために必要な事業方針及び手続のなかに反映されている。

問21 なぜこれが重要なのか?

「方針によるコミットメント」という言葉は、ここでは、企業が人権を尊重するという責任を果たすためのコミットメントを明言するための、企業の上層部による公式な声明を意味するものとして使用されている。これにより、コミットメントは、企業の行動を決定する明瞭かつ包括的な方針となる。方針によるコミットメントは、この指導原則の(e)に言及される事業方針及び手続とは異なる。事業方針及び手続は、一般に公開されるものではなく、またその性質においてより詳細であり、上層部のコミットメントを事業の運営に移すために役立つものである。

人権を尊重する企業の責任を果たすという方針によるコミットメントは、

(a)
これが事業活動を行うための正統性のある最低基準であると経営陣が理解していることを、企業の内外に向けてはっきりと示し、
(b)
すべての職員及び企業が共に働くビジネスパートナーその他の者がどのように行動すべきかに関して、経営陣の期待を明確に伝え、
(c)
コミットメントを実行に移すための内部手続及びシステムの整備のきっかけであり、
(d)
人権の尊重を企業の価値に組み込むための不可欠な第一歩である。

この原則は、人権についてのビジネスパートナー及び企業の事業、製品またはサービスに直接つながっているその他の者に対する企業の期待を、方針によるコミットメントに定めるべきである旨を記載している。これにより、必要であれば、企業がこのような関係性の中で人権の尊重を更に推し進めるためのスタート地点が提供されることになる。例えば、企業は、サプライヤーやパートナーとの契約書に人権尊重の規定を含めることができる。また、パフォーマンスの監査またはモニタリングを実施し、その結果を将来の取引関係の決定に組み込む根拠を定めることができる。これとは逆に、人権に関するこれらの期待が企業の確定方針であるかが明瞭ではない場合には、これらは容易に「守れない余地があるもの」となり、ある特定の関係または状況においては脇へ外される可能性がある。これは、他の者による人権侵害に企業が関わっていないことを保証する力を弱め、かえって企業自身のリスクを増大させる。

問22 方針によるコミットメントはどの程度詳細なものにすべきか?

企業の方針によるコミットメントは教訓を得て更新されることはあるが、通常は長期的に変化がない状態であり続ける。方針によるコミットメントは、従業員、企業が共に働く関係者や、企業の幅広いステークホルダーにとっての不変的な基準点なのである。方針によるコミットメントは、企業が実施する事業の活動指針及びプロセスが従うべき基本的な期待を定めている。したがってこれは、状況の変化に応じて頻繁に変動する可能性が高い指針及びプロセスの詳細を記載するものではない。

よって、方針によるコミットメントの詳細さの程度はさまざまである。単純に、国際的に認められたすべての人権を尊重するという一般的なコミットメントと、企業が共に働く者が同様に人権を尊重することの期待が示される場合がある。また、企業がその事業活動にとって最も重要となる可能性があると認識している人権の概要、及び、企業が人権尊重についての責任を果たすための行動についてどのように説明責任を果たすかに関する情報が含まれる場合もある。それでもやはり、方針には、たとえ一部が特に重要であるとして強調されることがあるとしても、国際的に認められたすべての人権を尊重するというコミットメントが反映されるべきである。

問23 人権の問題のうち、それぞれのビジネスにとって最も重要なものはどれか?

人権についての方針によるコミットメント及びプロセスの構築の責任者は、企業が最も影響を与える可能性のある人権-すなわち、どの権利が企業の事業活動にとって最も重要であるのか-を知っておく必要がある。またその一方で、その権利だけに焦点を当てることがないようにしなければならない。問15は、主要な人権と、企業の業種または事業活動の状況の間でよく見られる関連性について掘り下げている。

例えば、玩具や履物の会社にとって最も典型的なリスクの1つは、そのサプライチェーンを通じての労働者の権利の侵害への関与である。飲料または食品の会社の場合は、典型的なリスクは、労働者の権利と、水や土地の使用及び消費者の健康への影響の両方である。医薬品会社の場合は、健康についての権利が、また情報通信技術会社にとっては、表現の自由及びプライバシーの権利が、特に重要となる。

企業が典型的な形でまたは定期的に人権へのリスクを増大させるような状況で事業活動を行っている場合、それらは企業の方針によるコミットメントが強調する主要な人権のリストに加えられる可能性がある。例えば、先住民族が居住している区域で事業活動することが多い木材または建設会社は、このような人々が受ける可能性のある影響について特に理解する必要がある。労働法が弱くまたは執行の程度が低い国や地域から多くを調達している電子製品の会社は、そのことを考慮に入れる必要がある。紛争による影響を受けている地域で油田を開発している石油会社は、安全に関するリスクをその方針によるコミットメントにおいて強調することができる。

問24 企業が頼りにすることができる関連専門知識とは何か?

企業が、自身の包括的な方針によるコミットメントで強調すべき人権の問題はどれであるのか、またどのように強調すべきかについて答えを出すために、頼りにすることができる情報源にはさまざまなものがある。第一に、企業自身の経験が、唯一ではないが、最も顕著な問題についての重要な指針となる。企業は、頼るべき人権の専門知識を社内に有している場合もある。

企業そのもの以外にも、さまざまなリソースを利用することができ、その多くは無償である(付録IIの例を参照)。

多くの場合において、大企業または重大な人権リスクを抱える企業は、特に、企業の事業活動により影響を受ける可能性が最も高いステークホルダー集団の代表者である個人との協議が非常に有益であると考えるであろう。これらの代表者は、企業が人権にどのように影響を及ぼすのか、またその影響の潜在的な重大さに関して重要な考え方をもたらす可能性がある。これらの代表者はまた、これらの重要なステークホルダー集団が方針によるコミットメントの草案の表現をどのように受け取る可能性が高いかについて、助言を提供することもできるであろう。

問25 公開された方針によるコミットメントは、どのように内部の方針や手続に関係するのか?

企業全体にかかわる方針によるコミットメントの内容は、企業内部において理解され、関連する内部組織の指針や手続に反映される必要がある。コミットメントは、これを通じて実行に移され、企業の価値に組み込まれることが可能になる。

人権リスクが非常に限定的な中小企業においては、人権を尊重するという責任と注意すべき主要な事項(例えば、差別の禁止)、職員の業務にとってそれが何を意味するのか、またどのような説明責任が生じるのか(違反した場合の帰結を含む)を強調した方針のメモを職員に提供すれば事足りるかもしれない。

大企業では、方針によるコミットメントの意味を詳述した、内部人権指針を作ることがしばしば必要となる。これは、調達、人事、製造、営業など、部署ごとに個別のものとなる場合がある。また人権以外の分野の指針や手続を人権に関するものと連携させることも必要である。このような連携が行われないと、問題が生じた時に企業が人権を尊重するという責任を果たすことはより困難になるであろう。

例えば、玩具会社の購買部門が、サプライヤーがその労働者の権利の基準を遵守する力に自身がどのように影響を与えるのかを考慮することなく決定を下した場合、その玩具会社は、人権への負の影響を助長するリスクを冒すことになる。建設会社が、それを行うことで地域社会に害を与えたかどうかを顧慮することなく、純粋に新規のインフラ建設のスピードによって事業活動を行う職員を報奨した場合、それは、人権への負の影響につながる行動の奨励となるおそれがある。インターネット会社の職員が、人権の意味を顧みずにユーザーに関する情報についての政府のあらゆる要求に自動的に従った場合、結果として生じる人権侵害に関与するリスクを冒していることになる。

人権の尊重を企業全体に定着させる上で、内部指針や手続が効果を発揮する程度に影響する要素がいくつかある。例えば、既存の制度は、それの上に構築することが可能な健康や安全、または差別禁止に関する制度などについて、適切かつ効果的なモデルを示しうる。経営陣の人権リスクについての注視と説明責任も役に立ちうるし、また職員トレーニングも役に立ちうる。人権の指針及び手続に関する指標を、すべての関係部署-人権に関する取組みをリードする部署だけではなく-の職員の業績評価に含めることは、とりわけ重要である。

検討すべき事項

人権を尊重する方針によるコミットメントの声明について、

(a)
従業員、ビジネスパートナー及び当社の活動につながりのあるその他の関係者に対して期待される行動を明瞭に設定するためにはどのような要素を含める必要があるか?
(b)
それを実施するために必要な社内の注目、リソース及び行動のきっかけとなるためにはどのような要素を含める必要があるか?
(c)
当社の主要ステークホルダー集団から見て信頼できる存在となるためにはどのような要素を含める必要があるか?
  • 当社の主要な人権リスクを明らかにするために、どのようなリソースを使用することができるか?
  • 当社の産業分野において、また当社の事業活動区域において、どの人権リスクが最も顕著であるかに関して、当社の考えを誰に評価してもらえばよいか?
  • 最も主要な人権に注力する上で、当社が他の人権に影響を与える可能性があることを忘れないようにするには、どのようにすればよいか?
  • 当社の方針によるコミットメントの草案についての意見を、おそらくは外部ステークホルダー集団の一部であろうが、どういった信頼に足る専門家に求めればよいか?
  • 当社がこの方針によるコミットメントを実現させるために必要となる追加的な内部指針及び手続とはどのようなものか?
  • どの部署がこうした方針及び手続を理解し、当事者意識を持つ必要があるか、またこれを作成する上でどのようにこれらの部署を関与させればよいか?
  • 全従業員に、これが最優先であるという意思を示すために、会社経営陣の中で、誰が最終的な方針によるコミットメントを承認すべきか?
  • 当社のステークホルダーが情報に接することができる方法はさまざまであることを心に留めつつ、当社の方針によるコミットメントをどのように一般に伝えればよいか?

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B. 人権デュー・ディリジェンス

指導原則 17

人権への負の影響を特定し、防止し、軽減し、そしてどのように対処するかということに責任をもつために、企業は人権デュー・ディリジェンスを実行すべきである。そのプロセスは、実際のまたは潜在的な人権への影響を考量評価すること、その結論を取り入れ実行すること、それに対する反応を追跡検証すること、及びどのようにこの影響に対処するかについて知らせることを含むべきである。人権デュー・ディリジェンスは、

(a)
企業がその企業活動を通じて引き起こしあるいは助長し、またはその取引関係によって企業の事業、商品またはサービスに直接関係する人権への負の影響を対象とすべきである。
(b)
企業の規模、人権の負の影響についてのリスク、及び事業の性質並びに状況によってその複雑さも異なる。
(c)
企業の事業や事業の状況の進展に伴い、人権リスクが時とともに変りうることを認識したうえで、継続的に行われるべきである。

問26 なぜこれが重要なのか?

人権デュー・ディリジェンスを通じて、ある特定の事業活動の状況におけるある特定の時点でのある特定の人権リスクを理解するために企業が必要とする情報、またそれを防止し、軽減するために企業が必要とする行動が特定される。「人権リスク」とは、企業自身へのリスクと言うより、人権に負の影響を与えるリスクであるが、人権リスクはますます企業自身のリスクになりつつある。

人権デュー・ディリジェンスは、唯一の模範的な方法というわけではない。さまざまな規模、さまざまな業界、さまざまな企業構造、そしてさまざまな事業活動環境にある企業がそれぞれのニーズを満たすには、自身に合ったプロセスを作り出す必要がある。また一方、人権デュー・ディリジェンスの主要な要素-評価、組入れ及び行動、追跡、そして伝達-は、これらの要素すべてが是正プロセスと組み合さってはじめて、企業が実務において人権を尊重していることを自覚し示すために、企業にとって必要な枠組みを企業の経営陣に提供することとなるのである。

問27 人権デュー・ディリジェンスの範囲をどのようにすべきか?

指導原則に記載するとおり、人権デュー・ディリジェンスは、「企業がその企業活動を通じて引き起こしあるいは助長し、またはその取引関係によって企業の事業、商品またはサービスに直接関係する人権への負の影響を対象とすべき」である。人権への負の影響に関与する可能性のあるこれらの3つの形態についての詳細は、指導原則13を参照のこと。

デュー・ディリジェンスの焦点は、関連する人権への影響、すなわち企業自身の活動及びその取引関係につながっている人権への影響を特定しそれに対応することにある。したがって、これらの活動及び取引関係が人権デュー・ディリジェンスの範囲を定めることになる。

指導原則に定義された「取引関係」とは、企業と「取引先企業、バリューチェーン上の組織、及び企業の事業、製品またはサービスと直接関係のある非国家または国家組織」との関係をいう。取引関係に着目すれば、関係者が人権に対して一般的にもたらすリスクではなく、企業自身の事業、製品またはサービスに関連する人権を侵害するリスクが焦点となる。

問28 規模やその他の特性は、企業の人権デュー・ディリジェンス・プロセスにどのように影響するのか?

人権デュー・ディリジェンスは、企業が実務において人権を尊重していることを自覚し、示すために必要である。これには、指導原則に定められたすべての要素、すなわち、実際の及び潜在的な人権への影響の評価、評価結果の組入れとそれに基づく行動、対応の追跡、そしてどのように影響に対処したかについての伝達を含める必要がある。しかし、これらのプロセスの規模及び複雑さは、企業の規模、その業種、事業活動の状況、所有形態及び構造によって異なる。しかし、必要なプロセスを決定する上でのたった1つの最も大切な要素は、人権への影響の深刻さである。指導原則14の注釈では、この特徴をより詳細に説明している。一方、指導原則24では、「深刻さ」の概念を更に掘り下げている。

問29 人権デュー・ディリジェンスはなぜ「継続的」でなければならないのか?

人権デュー・ディリジェンスは、事業や事業活動の状況に変化があった時を含めて、企業がその事業活動を行っている限り、かつ時間が経過しても、企業が人権を尊重していることを自覚し、示すために役立つものとなることを意図している。そのため、事業や事業活動の状況に大きな変化がない場合を除いて、1回限りの取組みではなく、継続的または反復的なプロセスが必要なのである。

問30 ステークホルダーエンゲージメントの役割とは何か?

人権デュー・ディリジェンスは、人々についてのものである。これはあらゆる人間が尊厳をもって扱われる権利を持っていることを反映している。したがって、これには企業と、影響を受ける可能性がある人々との間の関係性が関わってくる。

そのため、人権デュー・ディリジェンスの鍵は、潜在的に影響を受ける個人や集団の考え方を理解することが必要ということである。企業の規模や人権リスク特性に応じて可能かつ適切である場合には、指導原則18で更に取り上げるように、人権デュー・ディリジェンスに、影響を受ける可能性のある人々やその正当な代表者との直接の対話を取り入れるべきである。

問31 人権デュー・ディリジェンスを実行するために企業に必要な能力とは何か?

この問いに対する唯一の答えというものは存在しない。企業が人権を尊重するという責任を果たさない場合、これは人々にとってのリスクであると同時に、企業にとってもリスクとなる可能性がある。他のリスクの場合と同様に、企業は、人権リスクを効果的に管理するために必要な企業内部の力を配分する必要がある。これはその企業の人権リスク特性に応じたものとすべきである。人権リスクが限定的な中小企業については、既存の職員に割り当られる限られた時間での職務となる可能性が高い。重大な人権リスクを抱える企業については、その程度に比例して、より多くの専任の職員の時間や予算が必要となるであろう。

多くの企業については、その他の形態のデュー・ディリジェンス(環境、健康及び安全など)のためのプロセスが既に定められているため、これを人権デュー・ディリジェンスについてのプロセスを定めるために利用し、またはこれを基にすることができる。このような制度を人権リスクの効果的な管理という特定の職務に適応させるには、注意を払わなければならない。人権デュー・ディリジェンスを担当する従業員が必要なスキルやトレーニングの機会を持てるようにすることは、すべての企業にとって重要である。またこれらの担当者は組織内に十分な影響力を持っている必要もある。

まず最初に、企業の全般的な人権リスクの特性は、企業の人権についての方針によるコミットメント及びこれを支える指針及び手続を策定するために評価されることになる。しかし、企業は、一般的な人権リスクの特性に影響する可能性があるどのような変化も常に検討の対象とし続けるべきである。このような変化は多数の要因からもたらされる可能性がある。例えば、企業が法の支配に関する課題や紛争といった課題のある新たな地域で事業を開始した場合や、労働者の権利について問題があることで知られる地域からの調達が必要となるような新たな製品ラインを立ち上げた場合などである。またそれは人権侵害と関連のあるクライアントへの新しいサービスの開発から、または以前からの製品やサービスが意図しない目的のために使用され始めることから生じる可能性もある。

これらの、そして関連するその他の状況の推移を調査することは、企業の一般的なリスク特性に変化をもたらすような新たな問題を浮き彫りにすることに役立ち、またこれにより、リスクの増大に取り組むためにより大きなリソースの配分が必要となる可能性がある。

問32 人権デュー・ディリジェンスはどのように是正に関係するのか?

人権デュー・ディリジェンスは、企業が巻き込まれる可能性のある潜在的な人権への影響の防止と軽減を目的としている。是正は、企業が生じさせたまたは助長した実際の人権への影響を、正しい状態にすることを目的としている。この2つのプロセスは、別々のものであるが相互に関連性がある。例えば、直接的な影響を受ける人がどのように侵害されたかまたは侵害される可能性があるかについて懸念を訴えることのできる効果的な苦情処理の仕組みは、潜在的かつ繰り返し発生する人権への影響がわかる優れた指標となりうる。企業による人権への影響への対応の有効性の追跡は、幅広いステークホルダーエンゲージメントとして有用であるだけではなく、効果的な苦情処理の仕組みを通じたフィードバックとしても有用である。また企業は、必要に応じて、人権リスク全般への取り組みの方法と重大な人権への影響をどのように是正したかの両方について、伝達すべきである。

問33 人権デュー・ディリジェンスまたはその一部を外部の専門家が実施することはできるか?

もちろん、人権デュー・ディリジェンス・プロセスを実施するために外部の専門家を用いることはできる。また場合によっては、それが合理的で必要なこともあるかもしれない。ただし、常に十分な注意をもって行われるべきである。人権の尊重は、企業の核となる事業活動に関係する。これを持続可能な方法で遂行するための最善の方法は、これを企業の価値に定着させることである。主要なデュー・ディリジェンス・プロセスの一部の実施のために企業が第三者を用いれば用いるほど、企業への「定着」の度合いは下がる。特に重要なのは、外部専門家の取り組みを通じて明らかになった企業の人権への影響に関する調査の結果が、効果的な行動を可能にするために、効果的に企業全体に取り込まれ、組み入れられることである(指導原則19を参照)。

また、潜在的に影響を受けるステークホルダーとのエンゲージメントのすべてを外部の専門家に託すことも、企業にとって賢明ではない。なぜなら、企業が影響を与える可能性のある人々の考え方を真に理解して、これらの人々と信頼と生産性のある関係を構築する実行力を弱めてしまうからである。しかし、現地の第三者を企業自身によるエンゲージメントの努力に関与させることは、文化的な違いを埋めるために役立つ場合がある。特に、影響を受けるステークホルダーとの関係についてこれまでの経緯で不信感が存在している場合には、このようなステークホルダーエンゲージメントをサポートし支援することのできる中立の第三者を見出すことは、少なくとも初期の段階においては重要であろう。

検討すべき事項

  • 人権デュー・ディリジェンス・プロセスを策定する上で、当社には構築の基盤とすることのできるシステムが既に存在しているか?
  • このシステムは、人権リスクに取り組むという目的のために効果的で適したものであるか。この目的に適したものとするには、どのような変更が必要であるか?
  • 人権について別途のプロセスを必要とする状況はあるか?
  • 誰が先頭に立って人権デュー・ディリジェンスを実施するのか。誰が監督するべきか?
  • 人権デュー・ディリジェンスの局面でこれに関わる必要性が最も高い部署はどこか?どのようにこの部署をプロセス策定にかかわらせればよいか?どのようにして共同作業を組み立て、動機付けすればよいか?
  • 当社はどのような外部専門家を必要とするか?外部専門家を用いる場合は、そのことが人権の尊重を損ねるのではなく、当社内部の価値や実務に人権の尊重を定着させるサポートとなるようにするには、どうすればよいか?
  • 人権デュー・ディリジェンス・プロセスにおいて、どのようにして、またどの時点で、当社による直接的な影響を受けるステークホルダーまたはその代表者とのエンゲージメントを目指すべきか?それができない場合、他にどのようにしてそれらの者の懸念や考え方を理解することができるか?
  • 当社の影響について新たな評価や対応が必要となるような変化を認識することができるように、当社はどのようにして自社の人権デュー・ディリジェンスを最新の状態に維持すればよいか?

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指導原則 18

人権リスクを測るために、企業は、その活動を通じて、またはその取引関係の結果として関与することになるかもしれない、実際のまたは潜在的な人権への負の影響を特定し評価すべきである。このプロセスでは、以下のことをすべきである。

(a)
内部及び/または独立した外部からの人権に関する専門知識を活用する。
(b)
企業の規模及び事業の性質や状況にふさわしい形で潜在的に影響を受けるグループやその他の関連ステークホルダーとの有意義な協議を組み込む。

問34 なぜこれが重要なのか?

どの企業にとっても、その人権リスクを測ることは、企業の人権についての方針の声明-すなわち人権を尊重するという企業の責任-をどのように実行に移すかを理解するための第一歩である。潜在的な負の影響を防止または軽減し、また企業が生じさせまたは助長した実際の影響を救済する方法を知るための必須条件である。したがって、これは人権リスク管理の不可欠の第一段階であるといえる。

問35 「人権リスク」が意味するものとは何か、また誰の人権が関係するのか?

人権デュー・ディリジェンスの多くは、企業が関わる可能性のある人権リスク-または潜在的な人権への影響に焦点を当てている。

実際の人権への影響は、潜在的な影響の重要な指標でもあるものの、主として是正についての問題である。企業の人権リスクとは、企業の事業活動が人権に与えるリスクであることを、ここで再び強調する。これは人権への影響への関与が企業に与えるリスクとは異なる。ただし、両者の関係性は強い。

企業の事業活動は、さまざまな集団の人権をリスクにさらす可能性がある。直接雇用の従業員は、これに関して常に関係がある集団である。しかし、潜在的に影響を受けるステークホルダーも存在する。企業の施設の周辺のコミュニティ、そのバリューチェーンの中の他の企業の労働者(これらの者が企業自身の行為または決定により影響を受ける可能性がある限りにおいて)、その製品もしくはサービスの利用者、製品開発(製品の試用など)に関わるその他の者などである。企業にとって、最も明らかな集団以外にも注意を払うことが大切であり、例えば、外部のステークホルダーへの影響に取り組むことが課題であると想定して直接雇用の従業員のことを失念したり、または、影響を受けているのが従業員のみであると想定して企業の壁の外にいる他の影響を受けるステークホルダーを考慮しなかったりすることがないようにしなければならない。人種への影響に対してより脆弱な住民集団に属する個人には、特に注意が必要である。(脆弱な住民や集団についての詳細は、問4を参照。)

問36 いつ影響を評価すべきか?

人権デュー・ディリジェンスは、変化していく状況を考慮しながら、企業が長期にわたってその人権リスクの現実の様相を把握することができるように、人権への影響の評価を継続的に行うプロセスを求めている。これは、企業の事業や事業活動の状況に大きな変化がなかった場合を除き、たった1回の人権への影響の評価だけで達成できるものではない。指導原則18の注釈では、反復的な評価がさまざまな重要な局面において必要となる可能性が高いことを明らかにしている。すなわち、重要な局面とは、新たな事業活動または取引関係に先だって、事業における重要な決定または変更(例えば、市場への参入、新製品の発売、方針変更、またはビジネス内容の大幅な変更)に先だって、事業環境の変化(例えば、社会不安の高まり)に反応またはそれを予見して、そしてひとつの事業活動または取引関係が続くあいだ中周期的に、ということである。

最も効果的なのは、特定の活動や関係の継続期間中のできる限り早い段階で影響評価を開始することである。新たな投資や取引関係の開始時点での契約条件は、しばしばその継続期間中の人権の尊重を確保することがどの程度容易または困難となるかを決定づける。人権リスクの測定が早ければ、人権の尊重を確実とするための適切な契約条件を定めるために役立つ。

同様に、新たなプロジェクト、営業活動及び取引関係をそのポートフォリオに加える合併や買収に企業が関わる場合、そのデュー・ディリジェンス・プロセスには、自身が責任を負っている人権リスクの評価から開始される人権デュー・ディリジェンスを含めるべきである。さらに、企業が、人権侵害に関わっている、または関わったことがあると特定した他の企業を買収する場合、企業は、その企業による侵害の継続または再発を防止または軽減する責任も引き受けることになる。買収対象の企業が実際に侵害を生じさせまたは助長したものの、是正を提供しておらず、かつ有効な救済のための他の方法が利用できる状態に置かれていない場合、人権の尊重についての責任は、買収を行う企業に対し、自身で有効な是正を実現することを要求することになる。早期の評価は、このような状況を掘り起こすために重要である。

ボックス 4

責任ある契約の諸原則:国家と投資家の間の契約交渉における人権リスクの管理の組入れ-交渉人のための手引き-

責任ある契約の諸原則では、国家及び投資家が人権リスクの管理を投資プロジェクト契約の交渉に組入れるために役立つ10の原則を明らかにしている。それぞれの原則は、その重要な要素と交渉人のための推奨チェックリストと併せて、簡潔に説明されている。この手引きは、ビジネスと人権に関する事務総長特別代表であるジョン・ラギー教授の指示の下で実施された4年間の調査及び包括的な複数のステークホルダーとの対話を通じて作成されたものである。これは、主要な投資プロジェクトに関わる、政府、営利企業、非政府組織及び金融機関の専門家の経験を集約したものを反映している。

10の原則とは、以下のとおりである。

1. 
プロジェクト交渉の準備と計画:当事者は、交渉中、プロジェクトにおける人権の要素に取り組むために十分に備え、またその能力を有していなければならない。
2. 
潜在的な人権への負の影響の管理:プロジェクト及びその活動に関連する人権リスクの防止及び軽減についての責任は、契約確定前に明確にされ、合意されなければならない。
3. 
プロジェクト実施基準:プロジェクトの実施を規定する法律、規則及び基準は、プロジェクトの期間を通じて、人権への負の影響の防止、軽減及び是正を促進するものでなければならない。
4. 
安定化条項:契約における安定化条項は、それが用いられる場合は、人権についての義務を果たすための法律、規制または方針を非差別的な方法で施行するための国家の善意の努力が、将来の法律の変更から投資家を保護することによって、損なわれることがないように、注意深く起草されなければならない。
5. 
「追加的な商品またはサービスの規定」:契約が、プロジェクトの範囲を超えた、投資家による追加のサービスの提供を想定している場合、それは、国家の人権についての義務及び投資家の人権についての責任に適合した方法で実行されなければならない。
6. 
プロジェクトの物理的安全確保:プロジェクトの施設、設備または人員のための物理的な安全確保は、人権の原則及び基準に沿った方法で提供されなければならない。
7. 
コミュニティ・エンゲージメント:プロジェクトは、その期間を通じて、早期の段階からの効果的なコミュニティ・エンゲージメントの計画を備えていなければならない。
8. 
プロジェクトの監視及び遵守:国家は、投資家に対してプロジェクトにおける恣意的な干渉に対する必要な保証を提供する一方で、人権を保護するためのプロジェクトの関連基準の遵守を監視することができなければならない。
9. 
第三者への契約によらない損失についての苦情処理の仕組み:プロジェクトの活動により影響を受ける、契約当事者ではない個人やコミュニティは、裁判外の有効な苦情処理の仕組みを利用することができなければならない。
10. 
契約条件の透明性/開示:契約の条件は開示されるべきであり、またかかる開示の例外となる範囲及び期間については、強い正当性に基づいていなければならない。

出典:A/HRC/17/31/Add.3.

問37 どのように人権への影響を評価すればよいか?

リスク評価の標準的な手法によると、人権への負の影響の 発生可能性が、その深刻さと同様に重要である。ただし、潜在的な人権への影響の発生可能性は低いものの、深刻度が高い場合に、発生可能性は、深刻さを相殺しない。影響の深刻さは「規模、範囲及び是正困難度」として理解され、これは最優先事項である(指導原則14を参照)。同様に、人権リスクを、人権への負の影響を防止または軽減するために企業に生じる費用と、その損害の補償のために企業が負う費用とを天秤にかけるような、単純な費用効果分析の対象とすることはできない。

指導原則18の注釈において説明するように、実際の及び潜在的な人権への負の影響を評価するプロセスには、通常、「できれば事業計画の実施に先立って人権状況を評価すること、誰が影響を受けるかを特定し、関連する人権基準及び問題を整理し、そして事業計画の実施及び関連する取引関係が特定されたものに対してどのように人権の負の影響を与えうるのかを予測すること」が含まれる。

企業は、自身の人権への影響について単独で評価を実施するか、または人権に関する検討事項を、より幅広い社会及び環境の影響評価に統合するかを選択することができる。企業の活動や業務内容が人権を重大なリスクにさらすものである場合には、人権への影響についての単独での評価が必要となろう。人権への影響評価のための数多くのツールや手法が開発されており、また今後も開発され続ける。上で述べたとおり、この原則は、ただ1回のこのような評価を目的としたものではなく、さまざまな情報源を用いることとなる継続的な影響評価プロセスを目的としている。

企業自身が実施する正式な評価に加えて、その他の情報源も役に立つ。例えば、影響を受けるステークホルダーが懸念を伝えることができる苦情処理の仕組みは、実際のまたは潜在的な人権への影響の徴候を示しうる。特定の業務内容や産業の発展に関するニュースや専門家のレポートも、また別の情報源となりうる。非政府組織(NGO)またはその他の第三者によるキャンペーンも、また同様である。これらすべての情報源を影響評価の継続的なプロセスに加えることができる。

企業は、自身の実際のまたは潜在的な人権への影響を評価する際、社会的に取り残されたまたは弱い立場の集団に特に注意を払わなければならない。ある社会においては、内在的な差別のパターンが行き渡っている場合がある(ただし、必ずしも外部の人間に明らかであるとは限らない)。企業は、このような幅広い差別的慣習について責任はないが、自らがこのような差別を助長し、または悪化させることがないように、このような弱い立場にあり、また社会に取り残された集団の権利とニーズ、そして直面している課題には、特に注意を払うべきである。

要約すれば、人権への影響を評価するためのプロセスは、さまざまな要素を、企業の活動や取引関係に関連する実際の及び潜在的な人権への影響の首尾一貫した概観へとまとめ上げることができるように、体系的なものとしなければならず、それによりデュー・ディリジェンス・プロセスにおける次の段階に正確に伝えることができるようになるのである。

問38 人権への影響を評価する際に、企業はどの範囲まで見通しておくべきなのか?

影響評価の目的は、企業が関わる可能性のある負の影響を明らかにすることである。指導原則13に示すとおり、これには、企業自身の活動を通じて引き起こしたり助長したりする可能性のある影響、そして企業自身が助長したものではないものの、取引関係によって企業の事業、製品またはサービスとつながっている影響が含まれる。したがって、実際の及び潜在的な人権への影響を評価する際は、企業は自身の活動及びその取引関係の両方を考えなければならない。

問39 企業自身の活動を通じて生じる影響を評価するとはどういう意味か?

企業は、自身の活動を通じて人権への負の影響を引き起こしまたは助長する場合がある。例えば、企業は、女性が暗くなってから家まで歩くには安全ではない地域で深夜まで従業員を働かせ、その後女性が帰宅中に襲われた場合、または、治安部隊に車両を提供し、その治安部隊がその車両を使用し現地の村落へ行って残虐行為を働いた場合には、影響を助長したと言える。

問40 企業が取引関係の結果としてかかわった影響を評価するとはどういう意味か?

指導原則18は、企業が関係を有するあらゆる組織の人権に関する記録を評価するよう企業に要求することを意図していない。これは、企業自身の事業、製品またはサービスに関連したアクションについて、取引関係にある組織が人権を侵害するリスクを評価するというものである。

例えば、企業の施設が国の治安部隊によって守られている場合、企業は、治安部隊や国家の一般的な人権に関する記録を評価するよう求められない。しかし、治安部隊が企業の施設に存在している結果として人権侵害が生じるリスクの評価は求められる。過去の人権に関する記録は1つの考慮事項であり、他の要因としては、該当地域の一般的な安定性及び法の支配の状況、コミュニティ間、コミュニティと現地当局の間、またはコミュニティと企業の間での現在のまたは起こりうる緊張などの現地の状況、政府または軍隊に対する現地の態度、そして当然ながら、人権を尊重して任務を行うための軍隊の訓練及びスキルが含まれる。

多層にわたる複雑なバリューチェーンにおいて、またその第1層においてでさえ何千ものサプライヤーを擁する会社にとって、個々の取引関係を評価することは更に実現が難しい。自身のリソースと比べて多数の取引関係を有する中小企業についても同様のことが言える。しかし、これによって人権を尊重するという企業の責任が減少するわけではない。つまり、自身の事業、製品またはサービスに関係している人権侵害について無知であることは、 独力では主要なステークホルダーを満足させる見込みがないということであり、また企業がデュー・ディリジェンスを通じて合理的にリスクを知り、そしてそれに基づいて行動すべきであるとすれば、法的にも課題を抱えることになる可能性がある。

指導原則17の注釈に説明するように、個々の関係すべてについてのデュー・ディリジェンスが不可能である場合、「企業は、関係する供給先または受給先企業の事業状況、特定の事業活動、関連製品やサービス、または他の関連する考慮事項によって、人権への負の影響のリスクが最も大きくなる分野を特定し、人権デュー・ディリジェンスのためにこれらを優先的に取り上げるべきである」。これには、例えば、児童労働があることで知られる地域のサプライヤーから調達した農産物、紛争がありもしくは統治及び法の支配が弱い地域の業者もしくは部隊から提供されたセキュリティ・サービス、また教育レベル、識字能力及び法的予防安全策が低い地域のパートナーが実施した治験などが含まれる。企業がその発生を合理的に予見することができなかった場所で侵害が実際に発生した場合には、企業のステークホルダーは、企業がどう対応したかでそれを評価する。つまり、その再発を防止または軽減するために、またその是正を提供または支援するために、企業がどれほどしっかりとかつ迅速に措置を講じたかを評価するのである(指導原則22及び29を参照)。

問41 人権への影響の評価における内部及び外部の専門家の役割は何か?

指導原則18では、人権への負の影響を評価するプロセスが「内部及び/または独立した外部からの人権に関する専門知識を活用する」べきであると述べている。たとえ企業が人権に関して内部に専門家を有しているとしても、このような人員は、企業が業界分野において人権にどのように影響を与える可能性があるか、影響評価についてのベスト・プラクティス、また企業の事業環境の変化及びそれによって予想される人権に対する影響に関する情報などについての深い理解を反映するために、外部の情報に助言を求める必要が生じる。これらの情報の多くは書面となっており、また一般に入手可能なものとなっているだろう。政府、学会、実務家や市民団体の個々の専門家の見識や助言もまた頻繁に入手または利用が可能である。

このような種類のリソースは、また、内部に人権の専門家を持っていることがまれな中小企業が、自身が取り組まなければならない人権リスクに応じた人権尊重の責任を果たすことについて、情報が意味するものを把握する上で特に重要となりうる。影響を受けるステークホルダーとの直接の協議が不可能である場合(問42を参照)、この種類の専門家の情報は、企業の活動や取引関係による影響を受ける人の考え方-または考え方に近いもの-を正当に伝える組織や個人が提供する見識と同様のものとして、より重要になる。

問42 人権への影響の評価において、直接に影響を受ける集団やその他の関係ステークホルダーとの協議の役割は何か?

指導原則18は、人権への負の影響を評価するプロセスには「企業の規模及び事業の性質や状況にふさわしい形で潜在的に影響を受けるグループやその他の関連ステークホルダーとの有意義な協議を組み込む」べきであるとも述べている。注釈において明確にされているように、企業は、その事業活動により直接に影響を受ける可能性のある者の懸念を可能な限り理解する必要がある。これは、事業または事業活動の状況からして重大な人権リスクを抱えることになる企業にとって、特に重要である。

ステークホルダー・エンゲージメントは、いくつもの役割を果たす。これにより、どのような要素が人権への影響を与えているかについて、また影響の重大性の程度について、ステークホルダーが、(企業との間で、またステークホルダー間で)同じまたは異なる考え方を持っているかどうかを企業が突き止めることが可能になる。例えば、先住コミュニティに属するものの、耕作されておらず、またはその他経済的な目的のために使用されていない土地の損害は、企業にとっては、金銭的補償または代わりとなる土地を提供すれば容易に対処可能であって、土地についての権利への影響の程度が低いこと示しているように思われるかもしれない。これに対して、先住コミュニティは、文化、伝統そして信仰に基づいてその土地の持つ意味に重大な影響があると考えるかもしれない。企業の経営陣にとっては合理的と思われる工場のシフト時間の変更は、子育てをしている女性や、変更された時間では宗教上のしきたりに妨げが生じてしまう個人には、特別の影響が生じる可能性がある。多くの場合、影響を受ける可能性のある人との対話によってのみ、このような問題が明らかとなり、またこれに対処することもできるのである。

この指導原則では、多くの中小企業にとって、影響を受けるステークホルダーとの直接の協議は、財務上の制約、地理的な制約その他の正当な理由のために実現が難しいことも認めている。指導原則は、そのような企業がその人権への影響に関して入手することができる情報を最大限に生かすための他の方法を挙げている。また、問41で取り上げているように、外部の専門知識の情報源によるものを含め、そうした情報をどのように理解するかについても説明している。

ボックス 5

潜在的に影響を受ける集団その他の関係ステークホルダーとのエンゲージメント

潜在的に影響を受ける集団その他の関係ステークホルダーとのエンゲージメントは、企業の事業活動に関するこれらの人々の考え方や懸念について、またこれらの事業活動の人権への関連について、重要な見識を提供する。効果的なエンゲージメントは、ステークホルダーの見解や尊厳、福祉そして人権を企業が真剣に考えていることを示すためにも役立つ。これは、信頼を構築し、不必要な苦情処理や争いを回避して、合意された持続可能なやり方で影響に取り組む方法を見つけやすくするために役に立つ。

潜在的な影響を受けるステークホルダーとの協議は、特別な配慮が必要となる場合がある。ステークホルダーが企業の代表者と率直に話をする上で直面する障害-言語、文化、性別など-への注意が必要である。文化的な相違や、力の不均衡が存在すると思われる場合には、それらへの配慮が要求される。

個人や集団によっては、これらの者に手を差し伸べるための的を絞った取り組みがなされない限り、協議のプロセスから排除されるというリスクにさらされるおそれがある。ステークホルダー集団の間には、特定の影響の相対的な重要性に関して異なる見解が存在しているかもしれない。企業とステークホルダーの間に長年にわたる不信感が存在している場合は、エンゲージメントのプロセスを進めていくためには、中立的な信頼のおける人が必要となるかもしれない。

関係者全員が認識している企業の潜在的な人権への負の影響について、その全体像を描き出すという目的を最も果たすことができるであろうやり方でステークホルダーエンゲージメントを実施していく方法については、更に詳しく調べるための数多くのツールが存在する。多くは国際連合グローバル・コンパクトのウェブサイトでも入手可能である(2012年3月5日にアクセス済み)。
www.unglobalcompact.org/Issues/human_rights/
Tools_and_Guidance_Materials.html#stakeholder

検討すべき事項

  • 内部及び外部のどのような個人または集団が、当社の事業活動により負の影響を受けるリスクにさらされているのか。これらの中に、当社の事業活動環境において特に脆弱な者はいるか?
  • 当社が人権への影響を評価する上で役立つ追加的な手順を統合することができるプロセスとしてどのようなものが当社にあるか?それは、その追加された目的に適したものとすることができる、強力で、十分にテストされたプロセスであるか?
  • 人権リスクが増大している場合を含め、当社が単独で人権への影響の評価を行うべき状況は存在するか?
  • 当社の影響の継続的な評価を行うための一環として当社が活用することのできる他のプロセスや情報源(メディア、専門家の報告書、職員やステークホルダーからのフィードバック、苦情処理の仕組み)には、どのようなものがあるか?
  • 当社は、当社が取引関係を通じて人権への負の影響に関わっているリスクを特定するために、すべての取引関係について適切に検討することはできるか?できない場合は、当社の取引関係を通じて最大のリスクのある部分はどこか?また当社はどのようにして、少なくともそうした最大のリスクに関して完全なデュー・ディリジェンスを確実に実施することができるか?
  • 当社が潜在的な影響を与える集団と直接にエンゲージメントを行うことは可能であるか。できない場合は、それらの集団に見込まれる考え方や懸念を当社が理解するための一助として、他にどのような信頼のおける情報源を活用することができるか?
  • 当社が影響を与える可能性のある者や、どのように影響を与えるかについての当社の仮説を評価する上で、どのような書面の情報または専門家が役立つのか?

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指導原則 19

人権への負の影響を防止し、また軽減するために、企業はその影響評価の結論を、関連する全社内部門及びプロセスに組み入れ、適切な措置をとるべきである。

(a) 効果的に組み入れるためには以下のことが求められる。

(i)
そのような影響に対処する責任は、企業のしかるべきレベル及び部門に割り当てられている。
(ii)
そのような影響に効果的に対処できる、内部の意思決定、予算配分、及び監査プロセス。

(b) 適切な措置は以下の要因によって様々である。

(i)
企業が負の影響を引き起こしあるいは助長するかどうか、もしくは影響が取引関係によってその事業、製品またはサービスと直接結びつくことのみを理由に関与してきたかどうか。
(ii)
負の影響に対処する際の企業の影響力の範囲。

問43 なぜこれが重要なのか?

企業が大きければ大きいほど、人権への影響を評価する責任を持つ個人またはチームは、その影響を主として生じさせる活動に従事するまたは取引関係を監視する職員とは別である可能性が高い。そのため、影響を評価する人は、影響を防止し、軽減しまたは救済するための決定や行動をコントロールできない。したがって、このような決定及び行動をコントロールする部署を、解決策の特定及び実施に関与させる必要がある。組入れは、これを可能にする。

企業が潜在的な人権への影響に即座に対応することや負担なく対応することは、企業が自身の人権リスクを管理する上での有効性にとって決定的となる可能性がある。これは、企業が自身の人権についての方針によるコミットメントを企業全体に定着させることに成功した場合に、著しい違いをもたらす。

「定着させること」とは、企業の人権についての方針によるコミットメントについて、すべての従業員がこれを認知し、どのように業務を遂行するかについてその意義を理解し、コミットメントをサポートするような方法で行動するよう訓練を受け、権限を与えられ、奨励され、またこれを職場の中核となる価値の本質をなすものと理解するに至る、マクロ的なプロセスである。これは連続した1つのプロセスであり、通常は企業のトップがこれを担う。指導原則19における「組入れ」とは、特定の潜在的な影響に関する評価結果を取り上げ、企業内の誰がその取組みに関与するかを特定し、効果的な行動を確保する、ミクロ的なプロセスである。これは新たな影響が明らかになるたびに繰り返されるプロセスであり、多くの場合人権を担当する部署がこれを担う。定着がしっかり行われた場合、評価結果の組入れやそれに対する適時かつ継続的な対応の可能性は増大し、人権リスクは減少する。

問44 組入れを可能とするためにはどのようなプロセスが最も適しているか?

これは、特に企業の規模や、発生した人権問題の規則性または予測可能性によって決まる。従業員の間のコミュニケーションが比較的容易であり、日常の意思の疎通が頻繁な中小企業においては、組入れは自然に行われる可能性がある。その規模の大きさや職員が分散しているために、そのような容易な意思の疎通のない企業では、より組織的なアプローチが必要となるであろう。組織的なアプローチはまた、企業が特定の人権への影響の発生可能性が高い状態が続く状況に直面している場合に、最も効果的であると思われる。これには、部署間の構造的な協力関係、明瞭な内部報告要件、外部専門家との定期的な意思の疎通、業界や政府などとの集団的な行動が関わってくるであろう。特定された主要な人権リスクや、その現実化を防止または軽減する方法について、あらかじめ共通の理解を深めることにより、企業は、特定の事例が生じた場合に、それに対処するための最善の状態を確保することができる。

問45 組入れはどのように取引関係に関わるのか?

企業自身の活動が人権への影響を助長する可能性がある場合、その活動を行う各部署にまたがって評価結果を組み入れることは、そのリスクに取り組むことを可能とするために極めて重要である。同様に、企業と、ビジネスパートナー、サプライヤーその他の者との取引関係の条件を決定する個人や部署は、組入れのプロセスに欠かすことができない。契約またはその他の正式合意における条件は、このような他の関係者が人権を尊重するためのインセンティブを高め、または作り出す上で、重要な役割を果たす。さらに、このような条件が定められていれば、企業がそのような他の関係者に対し適切な行動をさせる影響力が増すことになる。

たしかに、新しい活動やプロジェクトが、外部関係者と交渉された契約によってコントロールされる場合、契約を起草した職員、その締結に関与する部署、そして人権の問題を監督する者の間の早期の意思疎通が、後々の問題を防止するために役に立つ。契約が、人権リスクを増大させまたは企業がこれに取り組む実行力を制約するような条件で確定された場合、企業は、人権を尊重するという自身の責任を果たす実行力をリスクにさらすことになる。

とは言うものの、他方の当事者が要件を進んで満たしかつ満たすことが可能であるという合理的な根拠が実際問題として存在しない場合に、人権の尊重を要求または奨励する契約条件を確定することは、防止の仕組みとしても、また影響力の点においても、これを意義のないものにし、企業は人権リスクにさらされたままとなる。(国家と投資家の間の責任ある契約の諸原則の詳細については、ボックス4を参照。)

問46 特定された人権リスクに対応するためには、どのような種類の措置を検討することが必要か?

指導原則19の注釈が説明するように、「企業は、人権への負の影響を生じさせ、または生じさせうる場合、その影響を止め、または防止するために必要な手段をとるべきである」。企業がそのような影響を助長し、または助長させる可能性がある場合、企業は、同様に、その助長を中止または防止するために措置を取るべきであり、残る影響を可能な限り最大限に(他の関係者によって)軽減されるよう自身の影響力を用いるべきである。この場合の「影響力」とは、人権への負の影響を引き起こしまたは助長させている関係者の不適切な業務慣行の変更を実現する力を意味する(ボックス6を参照)。これら両方の事例において、指導原則22で取り上げられている是正を可能とするためには、追加的な措置が求められる。

より状況が複雑になるのは、企業が、自身が取引関係を有する者によって生じている、自身の事業、製品またはサービスにつながっている人権への負の影響のリスクを特定した場合である。この状況においては、そのような影響が生じるかどうかについて企業が持つ直接的な支配力または影響力は、最小限のものとなる。

ボックス 6

組織(企業、政府または非政府)への「影響力」は、下の要素の1つまたは複数が反映されることになる。

(a)
企業による当該組織に対するある程度の直接の支配が存在するかどうか。
(b)
企業と当該組織の間の契約の条件。
(c)
企業が当該組織に占める事業の割合。
(d)
企業が、当該組織に対して、将来の業務、評判上のメリット、能力養成支援などの点に関して、人権に関する実績の改善を動機づける力。
(e)
当該組織の評判にとって企業と連携することの利益、またその関係が失われた場合にその評判に及ぼす悪影響。
(f)
ビジネス団体や複数のステークホルダーによるイニシアチブを通じて行われるものを含め、企業が、他の企業または組織に人権に関する実績を改善するよう動機づける力。
(g)
企業が、地方または中央政府を動かして、規制の施行、監視、制裁などを通じて当該組織による人権に関する実績の改善を求めることができる力。

こうした事態は、例えば、サプライヤーが、契約に反して、企業のための製品を製造するために、企業からそのように行うようにとの意図的なまたは意図的ではない圧力がない状況で児童労働や強制労働を用いた場合、または、農業関連産業の企業が政府から土地の開発のための特別許可を取得し、その後、政府が、その土地を伝統的に使用している人々に対する正当な協議や補償をせず、かつ整地にすることは必要ではないという明確な理解に反して、別の会社とその土地を整地にする契約をした場合などに生じる。これらの例にあるように、人権侵害の継続や再発のリスクを浮き彫りにするのは、実際の侵害の発生であることが多い。

指導原則19の注釈では、この状況に適切に対処するために検討する必要のある項目が示されている。これは、一般論として、以下の表(決定行列)に示すことができる。

影響力がある 影響力がない
重要な
取引関係

A.

  • 侵害の継続/再発のリスクを軽減する
  • 不成功の場合

B.

  • 影響力の増大を図る
  • 成功した場合、侵害の継続/再発のリスクを軽減するよう図る
  • 不成功の場合、関係を終了させることを検討し**、または侵害が残る場合に生じうる帰結を認識した上で、侵害を軽減させるための努力を示す
重要ではない
取引関係

C.

  • 侵害の継続/再発のリスクを軽減するよう努める
  • 不成功の場合、関係を終了させる措置を取る*

D.

  • 侵害の継続/再発のリスクを軽減するための影響力の増大についての合理的な選択肢を検討する
  • 不可能または不成功の場合、関係を終了させることを検討する*
*
取引関係を終了させる決定は、それにより起こりうる人権への負の影響についての信頼のおける評価を考慮に入れるべきものとする。
**
取引関係が重要なものとみなされる場合、適切な行動を検討する際には、影響の深刻さもまた考慮すべきものとする。

このモデルにおいて、取引関係は、その企業の事業にとって必要不可欠な製品またはサービスを提供し、適当な代替供給源が存在しないならば、重要であるとみなされる。この状況においては、取引関係を終わらせることで特別な難題が引き起こされる。人権への負の影響の深刻さもまた、考慮される必要がある。侵害が深刻であればあるほど、企業は、関係を終了させるかどうかの決定を下す前に、状況に変化が起こるかどうかをより素早く見る必要があるだろう。どのような場合であれ、注釈に記載するように、「侵害が長期にわたり継続し企業が取引関係を維持している限りにおいて、その企業は、影響を軽減するための継続的な努力をしていることを証明できるようにしているべきであり、取引関係を継続することが招来する結果-評判、財政上または法律上の結果-を受け入れる覚悟をすべきである」。

上記は、既存の取引関係に適用される。企業は、過去に人権問題に関わったことがあると判明した第三者と新たな関係を結ぶことも考えられる。この場合、企業は、企業自身の事業、製品またはサービスに関連する人権侵害の発生を軽減するために、その取引関係を用いることができそうかどうかをまず評価した上で、契約条件その他の手段によって、侵害発生を軽減するよう影響力を確実に行使できるよう努めなければならない。それが可能であると企業が判断した場合、取引関係を結ぶリスクは、企業がそれを軽減するための措置を実施することを条件に、容認しうるとみなされる可能性がある。相手方による人権侵害のリスクを軽減することはできない、または人権のリスクがあまりにも高すぎると評価した場合には、企業がその取引関係を結ぶことは賢明ではない。

問47 企業は、明らかなまたは簡単な解決策のない複雑な状況にどのようにアプローチすべきか?

状況によっては、特定された潜在的な人権侵害を防止または軽減することは比較的簡単な場合もあれば、より難しい場合もある。複雑な問題が生じた場合、適切な措置について決定を下すには、しばしば上級管理者の更なる関与が必要となる。決定のプロセスは、企業内で入手可能なすべての関連専門知識を利用すべきである。さらに、多くの場合、企業にとって、信用できかつ外部の者からも信用できると見られる決定に至る上で、人権の観点からのものを含め、独立の信頼のおける外部の専門家の助言が有効である。政府や国内の人権機関、市民団体、複数のステークホルダーのイニシアチブなどの中にも高い評価を受けている助言の情報源が存在するかもしれない。影響を受ける人々との直接のエンゲージメントが、これらの人々やその他の人々を更なる人権侵害にさらすことなく実現可能である場合は、それを実施すべきである。

検討すべき事項

  • 潜在的な人権への影響に関する評価結果に対応するために、どのような実施及び説明の責任のラインが存在するか?
  • どのような組織的アプローチが、関連する部署や機能をまたいで評価結果を組み入れ、有効な措置を取るために役立つか?
  • 継続的な人権の課題について連携を図る社内の部署をまたぐ1つまたは複数のグループを作ったり、特定の決定または行動の前に部署の枠を超えたコミュニケーションを必要としたりすべきか?
  • 最も起こりうるまたは深刻な潜在的な影響に会社が対応できるように、企業全体にわたる行動についての順序立てたシナリオまたは意思決定系統を作成することができるか?これに関し、職員に対するトレーニングや指導が必要か?
  • 新規プロジェクト、パートナーシップまたは活動の契約段階において、潜在的な影響に取り組むための手段を最善の形で組み入れるにはどのようにすればよいか?
  • 人権への影響が当社の事業、製品またはサービスにつながっていることを当社が発見した場合、当社は、その継続または再発のリスクに適切かつ迅速に取り組むための備えができているか?どのように決断を下すのか?当社が助言を求めることのできる信頼できる情報源は何か?
  • 特に人権へのリスクが高まっている分野において、当社は取引関係における自身の影響力をどのように評価するのか?どのようにして取引関係の始めから影響力を最大にすることができるか?当社の影響力を行使または増大させるために当社が見込むことができるどのような機会があるか?
  • 当社には「重要な」取引関係があるか?この関係が、当社の事業、製品またはサービスにつながる人権への負の影響を引き起こした場合に、当社はどのように対処すべきか?この状況について、内部及び外部の助言の面で当社は備えができているか?

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指導原則 20

人権への負の影響が対処されているかどうかを検証するため、企業はその対応の実効性を追跡評価すべきである。追跡評価は、

(a)
適切な質的及び量的指標に基づくべきである。
(b)
影響を受けたステークホルダーを含む、社内及び社外からのフィードバックを活用すべきである。

問48 なぜこれが重要なのか?

一般に「測定できるものは管理できる」と認識されている。企業が潜在的及び実際の人権への負の影響にどのように対処したのかを追跡評価することは、従業員が、企業による人権の適切な尊重を、内部的には経営陣に、外部的には株主やより幅広いステークホルダーに説明することができるようにするために非常に重要である。指導原則21では、追跡評価を通じて取得した情報のうちどの程度の情報を企業が外部に伝えるべきかについての個々の質問を考察している。いずれにしても、企業自身の人権パフォーマンスに関して有する情報を最大限に活かすことにより、企業は、確固とした内部での説明責任を可能にし、また外部のコミュニケーションを必要とされるまたは望ましいとされるものとする土台を築くのである。

人権課題の追跡評価及び対応は、企業が傾向やパターンを特定する上でも役立つ。これは上級管理者などに「全体像」を提供する。すなわち、これは方針やプロセスの更なる体系的な変化が求められる、繰り返し生じる問題を浮かび上がらせ、また、リスクを減らし、パフォーマンスを向上させるために企業全体にわたって広めることができるグッドプラクティスをもたらすのである。

問49 対応の効果をどのように追跡評価すべきか?

この質問に対する1つだけの回答というものは存在しない。追跡評価のプロセスは、それを人権の尊重の定着に貢献するものとなるようにするためには、企業のより大きなシステム及び企業文化の中で意味を持たせる必要がある。企業内には、関連する効果的な追跡評価のモデル-例えば、健康及び安全、また環境パフォーマンスの分野において-を提供するシステムが他にも存在している場合がある。人権への影響への対応を追跡評価するためのプロセスが他の追跡評価システムに統合される場合は、人権に注目することを「標準化」するメリットをもたらす場合がある。追跡評価プロセスが、人権への影響に取り組むために必要なある種の質的フィードバック-可能な場合には、潜在的に影響を受ける者からのフィードバックを含む-を認めない場合には、リスクをもたらす場合もある。

環境への影響-例えば、水や健康に関するもの-に起因する人権の問題が存在する場合には、測定基準となる確立された非常に厳格な国際的及び国内の基準が存在している可能性がある。ただし、これは、自身が害を受けていると考えている者が、これらの基準を信頼していることを必ずしも意味せず、また、企業(もしくは企業から支払いを受けている第三者)の提供する対策が誠実であると信頼していることを必ずしも意味しない。このような状況において、企業は、正確な評価を提供すると関係者全員が信頼する個人や組織について、影響を受けるステークホルダーと合意することを検討すべきである。あるいは、会社とコミュニティの代表者による共同での現状調査も可能である。この場合、影響を受けるステークホルダーが自身を代表する専門家を自由に指定できること、または影響を受ける1人(1つ)または複数のステークホルダーが自ら訓練を受け、共同プロセスへの参加のために必要な専門知識を身に付けることが必要となることが多い。

問50 追跡評価システムはどこまでを範囲とするべきか?

企業による人権への影響への対応を追跡するシステムは、特定された潜在的な影響に対して企業がどのように対応したか、またその対応によって影響が防止されたかどうか-または防止された範囲-を単に検討するだけのものかもしれない。しかし、重大な人権への影響がどこで発生したのであれ、企業は、それが どのように、また なぜ発生したのかを解明するため、根本的原因の分析やプロセスを実施するよう十分に留意しなければならない。このような種類のプロセスは、企業がその継続や再発を防止または軽減する場合に重要なものとなりうる。根本的原因の分析は、企業のどの部署による、または企業以外のどの関係者によるどのような行動が影響発生の一因となっているか、またどのようにして一因となっているかを正確に把握する上で役立つ可能性がある。証拠が十分に明らかなものである場合には、このような種類の分析を職員のプラスまたはマイナスのインセンティブ-金銭的報奨、昇進またはその他の報奨など-と組み合わせることで、人権の尊重を企業の実務に定着させる上で重要な役割を果たさせることができる。

問51 企業はどのような指標を用いるべきか?

適切な指標の見極めは、企業が一般的に取り組まなければならない人権問題の組み合わせはどのようなものか、このような問題のために既に十分に確立された指標が存在するかどうか、企業がどのようなデータを適切に取得することができるか、影響を受けるステークホルダーに直接のフィードバックを求めることがどの程度容易であるか、などに応じて異なる。労働者の権利については、例えば、監査と指標が比較的に十分に確立されている。それ以外でも健康や安全、そして環境の影響などの分野では、国際水準のものを含めて技術的基準も存在しているが、どの基準を用いるかについては見解が異なる場合がある。コミュニティとの協議やコミュニティの再定住に関しては、実績を評価する方法についての国際機関やその他の信用ある団体からの手引きも増加している。

このような種類の手引きは、企業が、人権への負の影響への自身の対応の効果を追跡評価するために適切な指標を作る上で役立つ。大企業や重大な人権リスクを抱える企業にとって、女性や男性そして特に脆弱な集団に属する人々に対して自身がもたらす可能性のあるそれぞれに異なる影響に対して企業がどのように取り組んでいるのかを追跡評価する指標を内在化することは、重要である。

指標には、量的なものもあれば、質的なものもある。それが提供する精密さや、業務の他の分野で使用される指標への組み込みやすさや関連付けやすさを考えれば、量的指標にアドバンテージがある。しかし、人権の尊重は人々の尊厳についてのものであるため、質的指標-可能な範囲で影響を受けるステークホルダー集団の考え方を含む-は、常に重要である。ある状況においては、質的指標は、量的指標の正確な解釈のために重要となる。例えば、労働者の安全違反件数が減少したという報告が、そのような違反が減少したことによるのか、報告制度への信頼が欠如しているからなのか、または報告を妨げるような威圧を反映したものであるかどうかを評価する場合などである。

問52 内外の情報源からのフィードバックの適切な役割とは何か?

関係する「内外の情報源(影響を受けるステークホルダーを含む)」を追跡評価プロセスに取り入れる目的は、企業が人権への影響にどれほどうまく対応しているかについて、可能な限り正確な実態を引き出すことにある。これは、測定者が測定を行う場合に生じる可能性のあるバイアスのリスクの低減に役立つ。

さまざまな情報源が役に立つ可能性がある。企業内の個人が、企業がどれほどうまく対処しているかについての証拠を見聞きしている場合があるかもしれないし、またこうした個人に意見を伝えるためのルートを提供する(当然のことながら、そのフィードバックが否定的なものである場合にも報復を受けるおそれなく)ことは有益となるかもしれない。企業の外の専門家オブザーバー(現地当局、市民団体など)や、直接に影響を受けるステークホルダーも、有益な見識を持ち合わせている可能性がある。人権への影響が限定的な中小企業については、人々がフィードバックを提供するための単純な手段として、人々に知られている利用可能なEメールアドレスや電話番号などでも十分であるだろう。より重大な人権リスクを抱える企業については、フィードバックを求めるための、より積極的なアプローチが適切であると思われる。

事業活動レベルでの苦情処理の仕組みも、この点について重要な役割を果たすことができる。このような仕組みは、人権への影響に関して効果的に取り組んでいるかどうかについて、影響を受けるステークホルダーの視点からのフィードバックのためのルートの提供を可能にする。従業員のための同様の仕組みは、自身の労働やその他の人権への影響に関して話すために、そして企業の外の人々の人権への影響に対する企業の対応に問題があることを見た時にそれについてはっきり話すことができるようにするために、同様に重要となりうる。

その効果を最大にするために、これらの仕組みは、指導原則31に記載され、またセクションCで取り上げられている最低基準を満たしたものでなければならない。

問53 追跡評価システムの信頼性はどのように示されるのか?

追跡評価システムは、それが、企業が人権を尊重していることを企業が自覚しかつ外部に示すために利用される場合には、信頼性があり、かつ確固としたものでなければならない。指標がより明確であり、かつ企業の取組みの有効性に関する情報収集のためのプロセスがより包括的であればあるほど、批判への対応(批判への対応が必要となる場合またはそれを選択した場合)がしやすくなるであろう。企業が、評判の高い独立の外部専門家またはステークホルダーからの情報を求めている場合は、もたらされた情報の信頼性は強化されることになる。

検討すべき事項

  • 当社の人権への影響及び対応の追跡評価の状況の一部またはすべてを効果的に組み入れることのできる追跡評価システムが当社にあるか?ある場合は、それはこの付加的な目的に適したものであるか?
  • どのような手段を用いるべきか?
    • 当社が利用することのできる、確立され、幅広く受け入れられている指標が存在するか?
    • 適用可能な量的測定基準が存在するか?
    • 当社が量的データを正しく解釈するために、また当社が全体像を得るためには、どのような質的手段が必要か?
    • 当社が、女性及び男性それぞれ、または脆弱な集団について関係する影響への当社の対応がどのようなものであるかを知るためには、どの指標を適切に含めるのか?
  • 直接に影響を受けるステークホルダーの集団またはその正当な代表者からフィードバックを得るために、当社にはどのような手段があるか?当社の幅広いステークホルダーエンゲージメントのプロセスまたは当社の苦情処理の仕組みを、このプロセスに役立てることはできるか?
  • 当社が、追跡評価の一環として、影響及びその対応について更に掘り下げた根本原因の分析を実施すべきなのは、どのような種類の状況においてか?

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指導原則 21

人権への影響についての対処方法について責任をとるため、企業は外部にこのことを通知できるように用意をしておくべきである。影響を受けるステークホルダーまたはその代理人から懸念が表明される場合には、特にそうである。企業は、その事業や事業環境が人権に深刻な影響を及ぼすリスクがある場合、どのようにそれに取り組んでいるかを公式に報告すべきである。あらゆる場合において、情報提供は、

(a)
企業の人権への影響を反映するような、また想定された対象者がアクセスできるような形式と頻度であるべきである。
(b)
関与した特定の人権への影響事例への企業の対応が適切であったかどうかを評価するのに十分な情報を提供すべきである。
(c)
それと同時に、影響を受けたステークホルダー、従業員、そして商取引上の秘密を守るための正当な要求にリスクをもたらすべきではない。

問54 なぜこれが重要なのか?

説明責任の概念は、企業にとっては身近である。企業は通常、業務上の目的を達成するための内部に向けた説明責任、及び-株式会社の場合は-自身の業績についての株主への説明責任の重要性を認識している。企業がどのようにして人権への自身の実際の及び潜在的な影響に取り組むかに関しては、一般市民が関心を寄せるより幅広い問題についての説明責任が更に求められる。

したがって、企業は、自身が実務において人権を尊重する責任を果たしていると示すことができなければならない。これは、少なくとも、内部的な情報収集及び説明責任の制度を備えており、また人権侵害の主張に直面した場合に、企業が講じた措置を外部に説明することができることを意味する。

問55 企業はどの程度情報提供をすることが期待されているのか?

指導原則21の焦点は、企業が自身の人権への負の影響にどのように取り組んでいるのかを伝えることが可能であるかにある。これは、情報提供ができる状態を保つために入手可能な情報を持っていることを意味する。その情報提供を行う時期、受け取る相手そして手段は、その後に個別の決定に委ねられる。

この原則は、企業が人権への影響の継続的な評価において特定したすべての問題や、特定されたあらゆるリスクを軽減するために取った手段を、公開することを提案するものではない。企業が自身の人権リスクに取り組む上での一般的なアプローチを伝えることができることが何よりもまず重要であり、場合によっては、特定の人権への影響に対する具体的な対応に関する情報提供が含まれる。

企業が重大な人権リスクを抱えている場合には、一般社会の関心がより高まるため、これらのリスクを軽減し、生じた損害に取り組むために企業が実施しているシステムについて説明するための、より正式かつ定期的な外部報告の必要性が高まる。

問56 企業は何について情報提供できるようにすべきなのか?

人権デュー・ディリジェンス・プロセスの初期段階において、企業は、自身の実際の及び潜在的な人権への影響を突き止め、評価結果に関して行動し、また自身がどの程度効果的に対応しているかを追跡評価することが可能になる。このプロセスと結果は、必要に応じて提供するために企業が確保しておく必要がある情報の本体となる。

企業の事業活動に最も顕著な人権への潜在的影響に関しては、特に、人権リスクに取り組むための企業の一般的アプローチに焦点を当てて情報提供を行う場合がある。例えば、小売企業は、自身のサプライチェーンにおける潜在的または実際の人権侵害にどのように取り組むかについて情報提供できなければならない。水の使用頻度が高い企業は、関連する人権リスクにどのように取り組むかについて情報提供できなければならない。製薬会社は、どのようにして治験が安全にかつ十分な情報と同意をもって実施されているかについて情報提供できなければならない。

また、ある1つの影響に絞り、それに対してどのような対応を取っているか、または将来的に取るのかという形で情報提供を行う場合もある。例えば、鉱滓池からの流出がある採鉱場は、その潜在的または実際の人権への影響にどのように取り組んだか、または取り組んでいるかについて情報提供できなければならない。石油・ガス会社の施設を護衛する治安部隊が現地の村人を襲った場合、企業は、結果として生じた人権侵害及びその再発のリスクにどのように取り組んでいるかについて情報提供できなければならない。

問57 どのような形で情報提供すべきか?

情報提供の形は、その目的に適したものであるべきである。

情報提供の目的が、企業が特定した人権リスクにどのように取り組むかについて潜在的な影響を受けるステークホルダーに対して伝えることである場合、情報提供はその集団に限定されるであろうし、また、識字能力、言語及び文化的なコミュニケーションの障壁を考慮すべきである(例えば、口頭でのコミュニケーションが書面によるコミュニケーションよりも丁重とみなされるかどうか)。集団またはその正式な代表者との会議が最も適切かつ成功するものかもしれない。

情報提供の目的が、企業が特定のリスクや一般的なリスクへの取組みに関する株主及び市民団体を含むその他の関係者に対しての説明である場合、年次総会での文書やプレゼンテーション、ウェブ更新、自身が関係者であると考えている人の電子メーリングリストへのメッセージ、または同様のコミュニケーションが適切であろう。

次の課題は、企業がどのように人権に取り組んでいるかについて、いつ正式な公開の報告を提供するかである。指導原則21で明らかにしているとおり、自身の事業または事業活動の状況が深刻な人権への影響のリスクをもたらす場合、企業はそれにどのように取り組むのかを正式に報告すべきである。企業が大規模または是正不可能な人権への影響に関与するリスクがある時には、より幅広い公益が常に関わってくる(指導原則14を参照)。したがって、公開報告が適切である。

人権リスク特性が低い企業にとっても、自身の人権パフォーマンスに関する情報を通常の正式報告に含めることには意味がある。例えば、報告書を作成するという内部のプロセスは、企業内で人権問題への理解を高め、人権を尊重することが企業自身にとって重要であるという意識を企業に定着させるために役立つであろう。この種の報告が与える更なる透明性は、人権に関する企業の評判を守り、また人権に関する努力においてより幅広い信頼を構築するために役立つであろう。このような強化されたステークホルダーとの関係は、企業が未知の課題に対処しなければならなくなった時に役立つであろう。

正式な報告は、企業の人権に関するパフォーマンスについての単独の報告書として、あるいは社会的及び環境に関する問題を網羅した財務情報以外のより幅広い範囲についての報告の一部や、財務情報及び非財務情報の両方の統合報告の一部として、作成することができるだろう。企業が、適切な基準をもって、人権に関する報告をその財務報告に統合することができる場合は、これにより、権利を尊重することが企業にとって真に不可欠でありかつ企業の本質に関係することだということを示すことができるようになる。報告は、ハードコピー、電子形式またはその両方でもよい(これらの選択は、その想定されている読者にとっての報告の入手可能性に関する認識を反映したものとすべきである)。報告は、定期的に発出することもできるし(年に1回またはより頻繁に)、または特定の影響が生じた時に、またその両方の時点で、発出することもできる。

問58 外部への情報提供が必要となるのはいつか?

企業が個人や集団に影響を及ぼすような人権についての実際のまたは潜在的な影響を特定し、これらの者が自分たちの安全と福利について知る必要がある場合、企業は可能な限り直接かつ迅速に、このことをこれらの者に伝えるべきである。企業は更に、企業がどのようにその影響への取り組みに努めているかについてもこれらの者に伝えるべきである。これらの措置を取る前にそのような情報提供が要請されることを待っているべきではない。

企業は、人権への影響の疑いにどのように取り組んでいるかに関して外部関係者から問題にされた場合、その懸念に対処するために合理的に情報提供を行うことができるかどうか、また何について情報提供すべきかを検討すべきである。問題を提起した関係者自身が直接に影響を受けていると申立てており、またはそのような個人もしくは集団の正当な代表者である場合、直接の情報提供が強く要請される。情報提供の欠如は企業にリスクをもたらし、しばしばそのような疑いが正しいと受け止められるか、またはその企業が疑われている影響に関与していないことを確認しかつ示すためのプロセスを備えていないと受け取られるであろう。

企業が、懸念を提起した外部関係者には正当性が欠けており、よって対応が必要ではないまたは適切ではないと結論付ける時があるかもしれない。法的な条件を充たしていない場合においては、これは企業が行うべき判断の問題である。たとえ企業が外部からの主張への対応において情報提供を行わないと決定する場合であっても、企業は、その状況についての社内での認識及び明確な基準に基づいて決定を下すべきである。

問59 何をもって外部の情報の情報提供を「十分である」とするのか?

すべての情報提供は、正式な報告を含め、正確かつ誠実でなければならない。伝えられる情報がステークホルダーへの特定の影響に関するものである場合、その情報は、影響を受ける者が自身の利益に関して十分な情報をもって決定を下す上で必要なすべての事実を伝えるものであるべきである。

明らかに曖昧なまたは自己宣伝のために行われた情報提供は、透明性から得られる利益を享受できず、企業に対する批判及び不信につながるリスクがある。逆に、企業が直面している人権課題や企業が取り組もうとしている人権への影響を協議するために透明性の枠を押し広げた企業は、一般に、人権尊重に関する主張において、より信頼が置けるとみなされる。ただし、これは、企業が、明確な根拠をもって拒否できる人権への影響の主張や申立てに関して、その根拠を説明することによって反論する可能性を排除するものではない。

問60 影響を受けるステークホルダー、従業員そして商取引上の秘密を守るための正当な要求に対して、情報提供が及ぼす可能性のあるリスクとは何を意味するのか?

人権への影響にどのように取り組むかに関する情報の中には、影響を受けるステークホルダーまたは従業員にリスクを及ぼす可能性があるものがある。これは、苦情を申し立てる人や、または有害と判断される行為について責任がある個人の身元が暗に示され、これらの人が報復の潜在的な対象になる可能性があるからである。個人に対する有害な行為を止めさせまたは防止することを目的とした政府、警察または治安部隊との協議に関する情報を公表することは、その目的に至るプロセスを脅かすことになりかねない。しかし、そのようなリスクについての全面的な思い込みが、正当に公開することが可能な情報の共有の回避を安易に正当化することにつながらないようにするために、注意を払う必要がある。

商取引上の秘密を守るための正当な要求は、通常、重要な商取引に関する交渉が続いている間、その交渉にとって重要な情報に及ぶ。また、これには、第三者への開示義務を負わない情報も含まれる。

これらのグループまたは要求にとってのリスクが存在しない場合、情報提供を行うかどうか、いつ及びどのように行うかに関するその他の検討事項は、先に取り上げた要素に基づいて決定することになる。

問61 情報提供は、どのように一般のステークホルダーエンゲージメントに関係するのか?

これまでに述べたように、企業がどのように人権への影響に取り組むかに関して潜在的な影響を受けるステークホルダーと直接的なエンゲージメントを図ることは、企業にとって特に重要となる可能性がある。これは、一般論として潜在的な影響について、または発生した特定の影響について、企業がどのように取り組んでいるかを説明することにもなろう。

人権への影響について重大なリスクを抱える企業にとって、情報提供は、企業が潜在的な影響を受けるステークホルダーとの関係を図る方法の1つにすぎない。ステークホルダーエンゲージメントもまた、企業がどの程度効果的に影響に対応したかについて、企業がその影響を評価し、フィードバックを得る努力の一環として取り上げるべきである。より一般的に言えば、これは、影響を受けるステークホルダーの懸念や関心を理解するための、またこれらの重要な集団と有効な関係を持続的に築くための、重要な手段である。

検討すべき事項

  • 当社には、当社が人権への負の影響にどのように取り組むのかについて、関連するすべての情報を集めるために必要な内部コミュニケーション及び報告システムがあるか。ない場合は、追加的にどのようなシステムが必要か?
  • 当社が情報提供を行う必要があると想定されるさまざまな集団はどれか、またどのような種類の問題についてであるか?
  • これらのさまざまな集団について、これらの集団が情報にアクセスできる方法を考慮した上で、当社が取るべき情報提供の手段は何か。また何が最も効果的となるか?
  • これらの情報提供は、所定のスケジュールに従って進められるべきか、特定の出来事に応じて行うべきか、あるいはその両方か?
  • 当社が一般に向けて情報提供を行うべきである場合に、筋が通りかつ説明可能な判断をするために、当社はどのようなプロセスを定めておくべきか?
  • 当社の事業または事業活動の状況により人権に重大なリスクがもたらされる場合、当社は、そのリスクに取り組む方法に関してどのように正式な公開報告を行えばよいか?
  • 人権リスクを高めるような状況にはなく、また当社の人権パフォーマンスに関して公に報告することを求められていない場合に、それでも正式な公開報告を行うことについて他にメリットが存在するか?
  • 当社の情報提供が企業の内外の個人にリスクを与えないことをどのように保証すればよいか?
  • 当社の公開された情報提供に関して、それがどのように受け止められており、またそれを改善する方法があるかどうかを検討するために、どのようにフィードバックを求めればよいか?

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C. 是正

指導原則22

企業は、負の影響を引き起こしたこと、または負の影響を助長したことが明らかになる場合、正当なプロセスを通じてその是正の途を備えるか、それに協力すべきである。

問62 なぜこれが重要なのか?

企業は、当然のことながら、自身が人権への負の影響を引き起こしまたは助長し、そしてその是正を可能にしなかった場合、人権を尊重するという責任を果たすことはできない。

人権への負の影響の是正を可能とするためのシステムを備えるということは、企業が人権を尊重しようとしていないことを意味するものではない。これとは逆に、それは、企業の最善の努力にかかわらず影響が生じる可能性があるという認識、及びそのようなことが生じた場合に、人権の尊重が可能な限り迅速かつ効果的に回復されるようにするという意図を示すものである。

問63 主張に根拠がない場合でも適用されるのか?

そうではない。この指導原則は、企業が人権への負の影響を引き起こしまたは助長したことを企業自身が認めている状況に限定される。このような状況下では、企業がその影響の是正を行うことが必然的に期待される。企業は、自身の影響評価、苦情処理の仕組みもしくはその他の内部プロセスを通じて自身が負の影響を引き起こしもしくは助長したと気付く場合もあれば、他の情報源からもたらされ、企業自身の調査によってその影響が確認される場合もある。

問64 企業は、いつ、直接的に是正を提供すべきか?

企業は、自身が人権への負の影響を引き起こしまたは助長したと認識した場合、多くの場合、適時かつ効果的な救済を提供する直接的な役割を果たす立場に置かれることになる。救済は、さまざまな形態を取る可能性があり、また企業自身の見解に加えて、影響を受けた者が何を効果的な救済と見るかを理解することが重要である。これは、謝罪であるかもしれないし、危害が再発しないことの保証や、危害についての補償(金銭的その他の)、特定の活動や関係の停止、または当事者が合意したその他の形式の救済であるかもしれない。

状況によっては、企業以外の組織から是正が提供されることが最も適している場合がある。例えば、法的手続または国家が行うその他の手続が進行中の場合、企業にとって、直接的な是正を追求するよりも、そのような手続に任せることが必要または適切である場合がある。指導原則22の注釈で明らかにするように、犯罪が主張されている場合は、このような手続きに任せることが必要となる可能性が高い。可能であるときは、影響を受けた者はいつでも、代替案を理解した上で、希望する進め方について、十分な情報を得た上で決定を下す機会を与えられるべきである。

企業が影響を助長したものの、他の組織(例えば、請負業者、サプライヤーまたは軍隊)がその主な原因であり、かつ正当な国家的な仕組みを通じた是正を提供しているか、またはその責任を負っている場合、それらの是正の効力が平行する是正プロセスによって弱められるのであれば、国家的な仕組みによる是正プロセスに従うことが通常は適切であろう。このような国家的な仕組みは、オンブズマン事務所である場合もあれば、労働監督部局、連絡窓口(National Contact Point)や、国の人権機関である場合もある。これらの場合または同様の場合において、企業は是正プロセスに協力すべきである。

問65 企業はどのような種類の是正のプロセスを提供すべきか?

指導原則22の焦点は、是正の達成にある。とはいえ、是正を提供する手段はその結果の有効性に影響を及ぼす可能性がある。例えば、企業が、自身が生じさせまたは助長した影響について救済するためにその場限りのプロセスに全面的に依拠した場合、企業内にはどのような種類の対応が適切であるかに関する共通の理解が存在していない可能性がある。これは、是正をどのように進めるかに関して、また是正の遅れに関して、内部論争のリスクを生じさせる。

企業によっては、自身の事業活動にとって特にリスクとなる特定の負の影響についての正式なプロセスを備えている場合がある。例えば、汚染物質が水路に漏れた場合や、従業員が負傷した場合などである。このような個々の事例に合わせたアプローチのリスクは、より予見が難しい影響が発生した場合に利用することが可能な明確なプロセスが存在しないことである。

したがって、事業活動のどの分野で生じた人権への負の影響に対しても適用される、是正のための合意されたプロセスを備えておくことは、たとえそれにより複数の種類のプロセス(例えば、直接雇用の従業員や、外部ステークホルダーのためのもの)が必要になるとしても、一般的に望ましいことである。

多くの場合、是正のプロセスを提供するための最も効果的かつ効率的な方法は、事業活動レベルでの苦情処理のメカニズム仕組みを介したものである。苦情処理のメカニズムは、影響や苦情処理に対処する単なる内部管理手順ではない。内部手順は通常受け身である(すなわち、問題の発生を待ってから対応する)が、苦情処理のメカニズムは能動的で、苦情の識別を促し、可能な限り早期にこれに取り組むことを目的としている。これは、その対象であるステークホルダーに認知されており、かつ信頼されるようにすることで、実効的になる。このメカニズムにより提供される主要なプロセスは、このメカニズムが苦情処理の対処について提示している通常のスケジュール及び個人がその懸念を提起する方法のような形で、一般に公開される。苦情を申し立てている人とのコミュニケーションの透明性や、公正なプロセスの提供についてのこれらの人への説明責任も確保されている。苦情処理のメカニズムは、当然のことながら、一定の内部手順も必要とするが、それはこのメカニズムが提供するより大きなプロセスの一部にすぎない。

苦情処理のメカニズム及びその効果についての基準は、指導原則29及び31でより詳しく取り上げる。

問66 どのような種類の「正当なプロセス」が、企業自身が提供するもの以外で是正を提供することができるか?

企業が是正を提供することができない場合、または企業自身が提供すべきではない場合に、是正の提供に適した1つまたは複数の種類の国家的な仕組みが存在する場合がある。これには明らかに裁判所が含まれ、また国のオンブズマン事務所または苦情受付機関(産業固有のものである場合もある)、労働基準監督部局、連絡窓口(経済協力開発機構の多国籍企業行動指針に署名した国家のNational Contact Point)、国の人権機関、またはそれ以外で、このような種類の役割を果たす権限を与えられた国が管理するまたは法で定める機関も含まれる。さらに、原住民その他のコミュニティが用いる地方の伝統的な仕組みも含まれる場合がある。場合によっては、複数のステークホルダーのイニシアチブによって管理される仕組みが役割を果たすこともある。例えば、苦情が、そのステークホルダーメンバーの1つ以上に対するサプライヤーまたは請負業者に関わるものである場合などである。

このような仕組みのすべてがどの国家においても提供されまたは有効であるわけではない。企業は、自身の現地での事業環境において、腐敗やごまかしなしで、また苦情を申し立てる人の視点から結果が持続可能であると十分な信頼性を得られるような形で、このような仕組みがその役割をどこまで実際に果たすことができるのかについて、専門家の助言を求める必要がある。

問67 企業が、自身が影響を引き起こしまたは助長したことに同意したものの、適切な救済に関しては影響を受けた人と合意しなかった場合は、どうすればよいか?

企業及び影響を受けた人が適切な救済について合意に至らない場合、中立の第三者を調停人として関与させるか、または裁決に頼るかのいずれかが必要であることになる。

第三者の調停人は、関係者全員によって自由意思で受け入れられた者であるべきである。調停人の役割は合意される解決策を見つけ出す手助けをすることであり、調停のいずれの当事者にも特定の結果を受け入れるよう強制することはできない。当事者は、結果に合意した場合、それを自身に対して拘束力のあるものとするかについても自由に合意することができる。

裁決は、結果に対する当事者の合意を必要とせず、また拘束力を備えることが多い。採決は、裁判所や、オンブズマンや国の人権機関などの政府機関や公的な機関、または管轄権があるまたは企業と影響を受けた人が合意した別の仕組みを通じて行われる。

問68 自身が人権への影響を引き起こしまたは助長したことを企業が認めない場合はどうすればよいか?

負の影響を引き起こしまたは助長したとの主張に企業が異議を唱えた場合、企業がそれを義務付けられない限り(例えば、裁判所によって)、企業自身が是正を提供することは期待できない。それにもかかわらず、交渉であれ調停を通じてであれ、その紛争について合意による解決を得られるような信頼できる機会が利用できる場合は、企業は、そのような努力に協力することが賢明であることが多い。

検討すべき事項

  • 当社が引き起こしたまたは助長した負の影響の是正のために当社が既に定めているプロセスは何か?
  • このプロセスは過去にどの程度効果があったと判明しているか。このプロセスは企業の関係部署すべてを関与させているか。より効果的なものとするために強化は可能であるか?
  • 負の影響が生じる可能性のあるすべての領域を網羅しているか。していない場合、既存または追加プロセスの中で当社が埋めるべき溝は何か?
  • このプロセスを1つまたは複数の事業活動レベルでの苦情処理の仕組みに体系化することはできるか?
  • 当社が事業を行っている国にはどのような司法的または司法によらない是正プロセスが存在しているか。それはどの程度効果があり、また当社はどの程度これに任せられるか、または通常これに従うべきか。これに関して当社に専門的な助言を与えてくれるのは誰か?
  • 当社が影響を受けた者との間で解決策や是正に関して合意に至るために役立つような中立の第三者から恩恵を受けるような状況が過去にあったか。将来においてこのような状況を想定できるか。できる場合、このような方法で当社を支援し、かつ関係者全員が受け入れることのできる専門の調停人をどこで見つけることができるか?

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指導原則 29

苦情への対処が早期になされ、直接救済を可能とするように、企業は、負の影響を受けた個人及び地域社会のために、実効的な事業レベルの苦情処理メカニズムを確立し、またはこれに参加すべきである

問69 なぜこれが重要なのか?

指導原則22で述べたように、企業は、自身が人権への負の影響を引き起こしまたは助長しながらもそれを是正することができない場合には、人権を尊重するという自身の責任を果たすことができない。企業がこのような影響について是正を提供するための最も体系的な方法の1つが、事業活動レベルでの苦情処理メカニズムである。

多くの国家的な仕組み(裁判所やオンブズマン事務所など)とは異なり、事業活動レベルでの苦情処理メカニズムでは、問題が人権侵害の訴えやその他の基準の違反に至るまで待つことなく、これに取り組むことができる。そのような水準に到達する前に、また個人やコミュニティの苦情の意識がエスカレートする前に、懸念を受け付け、取り組むことが可能なのである。

効果的な苦情処理メカニズムは、人権デュー・ディリジェンス・プロセスの側面の強化にも役立つ。人権への負の影響を適時に特定することに役立ち、また生じた影響への対応の有効性をそのメカニズムを通じて追跡評価することもできる。企業がステークホルダーの懸念やステークホルダーの人権に与える影響を真剣に捉えていることを示すことにより、これらのステークホルダーとの前向きな関係を構築することにも役立つ。

問70 事業活動レベルでの苦情処理メカニズムとは何か?

事業活動レベルでの苦情処理メカニズムは、形式化された手段であり、これを通じて個人や集団は、企業がこれらの個人や集団に与える影響―自身の人権を含むが、それにとどまらない―についての懸念を提起することができ、また救済を求めることができる。指導原則29の注釈で説明したように、事業活動レベルでの苦情処理メカニズムは、

「…企業により負の影響を受けることになるかもしれない個人及び地域社会が直接アクセスできるものである。メカニズムは、一般的に、一企業単独でまたは関連ステークホルダーを含む他者との協力のもとで運営される。また、当事者双方に受け入れられる外部専門家や機関を介して提供される。このメカニズムでは、申し立てを行う者に対し、まず他の訴求手段にアクセスするよう義務づけるものではない。メカニズムは、企業を、問題点を整理、評価し、損害に対する救済に努めることに直接従事させることができる。」

要するに、この主な目的は、直接に影響を受けるステークホルダーの懸念を、それが防ぎうる他の損害へと増大しまたはつながる前に、突き止め、取り組むことができるように、早い段階での利用を可能とすることである。

こうしたメカニズムは、内部告発制度、すなわち、それが従業員個人の害になるか否かにかかわらず、企業全体にとって問題となる企業の規範や倫理規定の違反に関する懸念を従業員が提起することを可能にする制度とは異なる。事業活動レベルでの苦情処理メカニズムは、自身への影響に関する懸念を提起するための、特に個人-企業の内外を問わず-のための手段であり、企業の規範の違反を示すことをその個人に求めない制度である。

問71 「苦情処理メカニズム」と称する必要があるか?

「苦情処理メカニズム」は、企業とそのステークホルダーに関わる苦情や紛争に取り組む一連の仕組みの全体を網羅する用語として、指導原則及びその注釈で使用されている。この用語には、ある文化や背景においては役に立たない言外の意味が含まれている可能性があり、またあらゆる苦情処理の仕組みをこの名称で呼ぶ必要はもちろんない。しかし、苦情処理メカニズムを、その潜在的な利用者が不適切と考える名称、例えば、その真の目的を貶めまたはごまかすような名称で呼ぶことにはリスクがある。そのように行うことは、企業にとってより受け入れやすいことかもしれないが、苦情を抱えた人々にとっては見くびられ、軽視されたという感情が残ることになる。

問72 事業活動レベルでの苦情処理メカニズムを提供すべき相手とは誰か?

ほとんどの事業活動レベルでの苦情処理メカニズムは、企業の事業活動に関して懸念や批判のある幅広い集団に対してというよりは、企業の事業活動により直接に影響を受けた個人や集団や、その正当な代表者に対してのみ提供される。ただし、これは、幅広い意見に耳を貸すためのその他の手段を排除するものであってはならず、また幅広い意見に耳を貸すことは、少なくともある程度は企業の利益となる可能性もある。

指導原則22において取り上げたように、直接雇用の従業員向けの苦情処理メカニズムと影響を受ける外部のステークホルダー向けの苦情処理メカニズムとを別個に備えることは、必ずしもこれら2つを区別する必要はないとはいえ、全く普通のことである。また特定の状況(例えば、コミュニティの再定住)や、特定の集団(先住民族など)について、専用の苦情処理メカニズムを備えることが重要な場合もある。しかし、メカニズムを合理化すればするほど、その有効性をモニターすることは容易になり、また企業がどのようにその人権への影響に取り組むかについての一般化されたパターン及び傾向を特定する上でより目的を達成することになる。

問73 事業活動レベルでの苦情処理メカニズムが取り組むべき問題とは何か?

苦情処理メカニズムを完全に効果あるものとするためには、それを人権侵害やその他の特定の基準の違反の主張につながる苦情への取り組みに限定すべきではない。このような限定は、それを無視してしまうと人権を損ないまたは抗議や暴力的行為につながるかもしれない多くの懸念を排除することになり、ひいては人権侵害のリスクを増大させかねない。例えば、地域コミュニティは、企業が騒音やほこり、労働の機会に関する懸念を一貫して無視していると考えているような場合、企業の注意を引くための唯一の方法として企業の事業活動を妨害する措置を取るような感情に駆られる可能性があり、もしかすると物理的な対立や生命のリスクにさえつながる事態になりかねない。公式な第三者的な仕組みと比較した事業活動レベルでの苦情処理メカニズムの強みの1つは、まさに、問題を早期に、それが増大する前に、突き止めて取り組むことができることである。

メカニズムによって、明らかな嫌がらせである苦情を排除することは合理的であるが、このような比較的まれな分類に苦情が該当すると結論付ける前に、細心の注意を払うべきである。嫌がらせに見える苦情は、潜在的な人権問題の暗示や、より幅広い企業にとってのリスクについての真の懸念を覆い隠している場合がある。まずはそれぞれの苦情を深刻に受け止めることを基本姿勢としなければならない。

問74 誰がメカニズムを監督すべきか?

苦情処理メカニズムは、企業内での適切な上級レベルの監視及び説明責任が伴わなければ、まずその効力が発揮されることはない。中小企業においては、これは、受け付けた苦情を処理する者から企業トップへの単純な報告系統を意味する。大企業においては、一般に、より正式な内部管理及び監視システムを伴う。監視の役割の割当ては利益相反を避けるものでなければならない。メカニズムの有効性を確保することと、企業の特定の部署の行動や決定を擁護することの間の利益相反が、この例として挙げられる。

企業と影響を受けるステークホルダーの間の信頼関係が弱いまたは人権リスクが著しい場合、企業側と影響を受けるステークホルダーの集団側の両方の代表者による共同でのメカニズムの監視の仕組みを設けることが大いに有益となる可能性がある。共同監視は、メカニズムをその対象となる利用者集団に信頼されるものとし、また利便性と手続をこれらの者の必要に最も応じた形にすることに役立つであろう。共同監視が必要ではないまたは適切ではないとみなされた場合であっても、指導原則31に記載するように、少なくともメカニズムの設計や評価について、影響を受けるステークホルダーからのインプットが行われるべきである。

問75 事業活動レベルでの苦情処理メカニズムは、どのように企業のより幅広い事業活動に関係するか?

企業内で人権や社会問題を担当する職員や部署は、苦情処理メカニズムにおいて主要な調整役を果たす必要がある。しかし、このメカニズムは、それがこれらの職員や部署の担当にすぎないと考えられた場合には、失敗に終わる。影響を解決し救済するためには、企業の他の職員や部署の参加が欠かせないことが多い。上級管理職の役割は、部署間における苦情処理へのこの種の対応が、例えば関係職員への適切なインセンティブを通じてなどの方法で、企業全体で実施可能かつ優先されるようにする上で、特に重要となる。

主張されている人権への影響に関して、その決定または活動が関係する企業内の従業員または部署が初期段階の内部調査で役目を果たすことは、必要かつ適切なことであろう。それが不適切である場合-例えば、潜在的な利益相反や個人へのリスクがあるため-でも、調査を実施する人に情報を提供するという役割が残っている。そうした従業員や部署は、是正のための解決策-繰り返すが、それが適切であれば-を策定する上で役立つ可能性もある。また、そうした従業員や部署は、企業が再発を防止または軽減することができるように教訓を得る上で不可欠の存在である。

問76 メカニズムはどのようにしてより幅広いステークホルダーエンゲージメントにかかわるのか?

指導原則及びこの解釈の手引きでは、重大な人権リスクを抱える企業にとっての人権デュー・ディリジェンスにおけるステークホルダーエンゲージメントの意義について、繰り返し強調してきた。効果的な苦情処理メカニズムは、この幅広いステークホルダーエンゲージメントの代わりを務めるものではない。むしろ、重要な補完物である。幅広いステークホルダーエンゲージメントのプロセスのない苦情処理メカニズムを備えた場合、それがどれほど優れたものであったとしても、ステークホルダーにとっては、企業は影響を受けるステークホルダーが実際に問題を抱えている時しかその意見を聞こうとしないのだと感じられてしまうおそれがある。

とはいえ、指導原則は、中小企業が抱えている人権リスクが限定的であり、かつエンゲージメントが地理的、経済的またはその他の理由で真に困難である場合には、そのような中小企業が影響を受けるステークホルダーと直接エンゲージメントを図る必要がない可能性があることについても認めている。これらの企業は、指導原則18で取り上げたように、自身の潜在的な人権への影響についての情報や考え方を収集するために、その他の手段を探すことになる。これらの企業にとって、単純ではあるが、効果的な苦情処理メカニズムを備えることは、影響を受ける可能性のある人が直接に提起した問題を企業自身が確認できるようにするための1つの方法であろう。

問77 企業が苦情処理メカニズムについて自身で構築するのではなく「参加する」のはどのような場合か?

通常、大企業または重大な人権リスクを抱えた企業は、自身の苦情処理メカニズムを持つのが適している。人権リスクが限定的な中小企業も、形式において単純であるものの、指導原則31に定める効果の基準を満たした苦情処理メカニズムを作ることができる。しかし、企業は、外部の組織が提供する苦情処理の仕組みについて、その仕組みが負の影響を早期に特定し、救済するための同様の機会を提供している場合には、それへの参加を考慮してもよい。例えば、外部の組織(政府、企業、NGOまたは複数のステークホルダー)が提供するホットラインや是正措置、または現地コミュニティや行政がその現地での慣行の一部として実施している伝統的な仕組みなどが含まれる。このような仕組みは、それが有効性の基準を満たしているかどうか、また満たしていない部分がある場合にそれをどのように取り扱うかを確認し、検討されなければならない。

また、企業は、自身のメカニズムを構築するものの、費用を削減し自身の処理能力及び有効性を高めるために外部の共有のリソースを使用することもできる。例えば、正当な苦情についての解決策を見つける上で、ステークホルダーが信頼する、企業との窓口となり、企業と連絡が取れるNGOを用いることができるようにすることなどが挙げられる。このようなNGOは、それによってその信頼性が損なわれないことを条件として、独立の資金によるかまたは企業からのプール資金によるかにかかわらず、複数の企業のためにこのような役割を引き受けることができる。正当な労働組合は、少なくとも自身が代表を務める労働者について、このような種類の役割を果たすべきである。多くの企業が、苦情を申し立てる人に現地の組織が専門家としての助言を提供することができるように、また必要な場合に調停を利用できるように、若干の共同出資を行って支援する場合もある。

検討すべき事項

  • 当社は、苦情処理について、対応するためのメカニズムを部分的にでも既に備えているか?
  • 備えている場合、潜在的に影響を受けるすべてのステークホルダーがこれを利用することができるのか、または利用可能な範囲を拡大する必要があるのか?どのような種類の影響にも対応可能であるのか、またはそのためには拡大を必要とするのか?
  • 上級レベルが苦情処理メカニズムを監視し、また企業内においてその実施のための説明責任を負っているか?
  • メカニズムをステークホルダー集団の代表者と共に共同で監視する機会はあるか、またはそのメリットはあるか?ない場合は、当社は、少なくとも、どのようにして当社による実施や改善の可能性について、影響を受けるステークホルダー集団からのフィードバックを求めることができるか?
  • そのメカニズムによって、一方では利益相反や個人へのリスクを回避しつつ、関係する企業内のすべての部署を苦情処理の調査及び解決に関わらせているか?
  • リソースの制約により自立した苦情処理メカニズムの実施が困難な場合、それを可能にするために共有のリソースから恩恵を受けることができるか、あるいは有効な外部の仕組みに参加することができるか?

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指導原則 31

その実効性を確保するために、非司法的苦情処理メカニズムは、国家基盤型及び非国家基盤型を問わず、次の要件を充たすべきである。

(a)
正当性がある:利用者であるステークホルダー・グループから信頼され、苦情プロセスの公正な遂行に対して責任を負う。
(b)
アクセスすることができる:利用者であるステークホルダー・グループすべてに認知されており、アクセスする際に特別の障壁に直面する人々に対し適切な支援を提供する。
(c)
予測可能である:各段階に目安となる所要期間を示した、明確で周知の手続が設けられ、利用可能なプロセス及び結果のタイプについて明確に説明され、履行を監視する手段がある。
(d)
公平である:被害を受けた当事者が、公平で、情報に通じ、互いに相手に対する敬意を保持できる条件のもとで苦情処理プロセスに参加するために必要な情報源、助言及び専門知識への正当なアクセスができるようにする。
(e)
透明性がある:苦情当事者にその進捗情報を継続的に知らせ、またその実効性について信頼を築き、危機にさらされている公共の利益をまもるために、メカニズムのパフォーマンスについて十分な情報を提供する。
(f)
権利に矛盾しない:結果及び救済が、国際的に認められた人権に適合していることを確保する。
(g)
継続的学習の源となる:メカニズムを改善し、今後の苦情や被害を防止するための教訓を明確にするために使える手段を活用する。

事業レベルのメカニズムも次の要件を充たすべきである。

(h)
エンゲージメント及び対話に基づく:利用者となるステークホルダー・グループとメカニズムの設計やパフォーマンスについて協議し、苦情に対処し解決する手段として対話に焦点をあてる。

問78 なぜこれが重要なのか?

国家的な、そして事業活動レベルでの苦情処理メカニズムの両方が、企業に関連する人権侵害による影響を受けている人に救済を提供するために有効でなければならない。真に有効な事業活動レベルでの苦情処理メカニズムであれば、指導原則29において取り上げたような種類の利益を生み出すことが可能となり、早期の問題特定や、早期かつ合意に基づく解決、信頼の増大、また、抗議行動、訴訟その他の種類の異議申立ての回避などが可能となる。

設計や管理が不十分な苦情処理メカニズムは、人権リスクがどれほど十分に管理されているかの評価をゆがめる可能性がある。懸念が対処されるという期待に応えるためのプロセスが提供されていないのに、そのような期待を高めることになりかねない。最悪の場合には、効果のない苦情処理メカニズムによってステークホルダーの不満感情が増幅される可能性がある。

したがって、事業活動レベルでの苦情処理メカニズムが、その効果を確実なものにするために役立つ特定の基準を満たすことは重要である。

問79 なぜこの基準なのか?

この指導原則における基準は、調査、協議及び実地試験というプロセスを通じて開発された。一部については、それを明確化し、または対象となる問題を分類もしくはグループ化することのできる別の方法もあるが、それが示す核となる要素は、メカニズムが利益をもたらし、問78への回答で示された不測の事態を回避することができるようにするための一連のベンチマークを提供する。これらの基準は相互に関連しており、一体的なものとして捉えられるべきである。1つを除外すると他の基準を満たす力が弱まり、全体としてそのメカニズムの効果が削がれてしまう。個々の基準については、指導原則の注釈において更に説明されている。

上記のとおり、苦情処理メカニズムの有効性は、一般原則としてかつ実務において、すべての関係部署や上級経営陣がこれを支持することを必要とする。また、関係する従業員や部署を苦情処理メカニズムの開発に取り込むことも、これらの者が、自身が果たすべき目的や基準を理解し、また作成されたモデルを支援することができ、有益である。従業員が、問題について聞くことは恐怖ではなく、企業が学習し将来的に成功していくために建設的かつ必要であると感じることが特に重要である。

問80 苦情処理メカニズムの効果をどのように評価すべきか?

企業にとって、実務におけるメカニズムの有効性の評価に役立つ適切な判断基準を策定することは重要となる。この判断基準に何を含めるべきかに関してステークホルダーからの情報を得ることは、これらのステークホルダーにとって「成功」とはどのようなものであるかについての考え方を適切に反映させるために、有益となるであろう。

企業は、特定の数値による指標が何を意味するかについて安易に仮定することについては細心の注意を払うべきである。長い間の苦情の数の減少は、企業が過去の苦情から学び、その再発を防止していることを示しているかもしれないし、またはステークホルダーが苦情処理メカニズムへの信頼を失い、その苦情のはけ口として別の方法を探していることを示しているのかもしれない。これとは逆に、苦情の増加-少なくとも当初または大規模な新規開発の後-は、メカニズムが信頼され、機能を果たしていることを示しているのかもしれないし、または問題が増加傾向にあることを示しているのかもしれない。質的指標-メカニズムの対象となっている人(実際に使用した人とは限らない)からのフィードバックを含む-は、このような種類のデータを正確に読み解く手助けになる点で重要である。

検討すべき事項

  • 当社が有する苦情処理メカニズムはこれらの基準を満たしているか?
  • メカニズムがどの程度基準を満たしているかに関して、その対象とする利用者の見解をどのようにして求めればよいか?
  • 当社の既存のメカニズムと基準とが合わない点について、当社の既存のメカニズムを基準に合わせることで対応が可能か、あるいは新たなプロセスを再設計する方がよいのか?後者である場合、当社は、対象としているユーザーグループ(影響を受けるステークホルダー)の代表者を設計に関わらせることができるか?
  • メカニズムの継続的な効果を評価するために当社が定めておくべき長期の測定基準は何か?
  • その実績についての量的データを解釈する方法について、当社はどの程度確信があるか?またこれを質的手法によってどのように補完することが可能か?

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D. 状況の問題

指導原則 23

あらゆる状況において、企業は、次のことをすべきである。

(a)
どこで事業をおこなうにしても、適用されるべき法をすべて遵守し、国際的に認められた人権を尊重する。
(b)
相反する要求に直面した場合、国際的に認められた人権の原則を尊重する方法を追求する。
(c)
どこで事業をおこなうにしても、重大な人権侵害を引き起こすまたは助長することのリスクを法令遵守の問題としてあつかう。

問81 なぜこれが重要なのか?

人権を尊重する責任は、あらゆる状況に適用される。これは、企業が事業を行う上で人々の尊厳を損なうべきではないという普遍的な期待から生まれた統一基準である。これは、企業とそのステークホルダーの両者のために予測可能性を提供する。しかし、企業の活動や取引関係に関わる人権リスクは、しばしば企業が事業を行う個々の状況に応じて異なる。このような個々の状況は、企業が人権を尊重するという責任を果たす努力をする中で、企業に特定の課題や緊張関係をもたらす場合がある。例えば、国際的に認められた人権に反した方法で行動することを現地の状況が企業に強いるように思われる場合などである。企業は、自身がそのような状況におかれた場合のために、基本的な「羅針盤」を備えておく必要がある。なぜなら、当然のことながら、簡単または標準的な回答は存在しないからである。

問82 法令の遵守はどのように人権の尊重にかかわるのか?

企業は、自身の社会的責任が法令遵守から始まることを認識している。人権を尊重するという責任それ自体は、しばしば-少なくとも一部は-法律や規則に反映されている。法令遵守の概念は、人権を保障する国内の法律や規則について、たとえその国家がそのような法律や規則を有効に施行する能力が弱い場合であっても、それを遵守することを企業に要求する。

しかし、人権を尊重するという責任は、人権を保障する国内の法律や規制の遵守を超えて及び、国際的に認められたすべての人権の尊重を要求する。したがって、これらの権利を保障するための国内の法律や規則がない場所でも適用される。同じ理由から、国内の法律や規則が定めている人権の保障の水準が国際的に認められた人権の基準に達していない場合には、企業は、これよりも高い水準で事業を運営すべきである。

要約すれば、あらゆる背景においてすべての企業に期待される世界基準である人権を尊重するという責任は、異なる期待や要求に直面している企業に対し、明確性と予測可能性を提供するものである。これはまた、企業が自身の行動水準を下げるために人権の保障が不十分な事業環境を悪用すべきではないことをも意味する。

問83 企業は、相反する要求事項にどのように対処すべきか?

ある事業活動の状況においては、その国内の法律、規則または慣行が企業に対して国際的に認められた人権を尊重するという責任に反した方法で行動するよう求める(単にそれを認めるのではなく)場合がある。このような要求は、例えば、女性の権利、労働者の権利またはプライバシーについての権利に関連するものであったりする。この種の状況において、すべての適用法令を遵守しなければならず、かつあらゆる状況において人権を尊重するという責任をも果たさなければならない企業は、ジレンマに陥る。

企業の人権デュー・ディリジェンス・プロセスは、どのような場合に自身がこの種のジレンマに直面し、またどのような手段によりそのリスクを防止または軽減することができるかを明らかにしなければならない。要求事項が直接的に対立している場合、課題は、国際的に認められた権利の原則を守る方法を見出すことである。それ以外の問題と同様に、対応策についての青写真は存在しない。しかし、企業が人権の尊重を自身の価値に定着させればさせるほど、また訓練や想定シナリオ、学んだ教訓、意思決定系統や同様のプロセスを通じて従業員を倫理的な緊張関係に備えさせればさせるほど、適切かつ適時の対応を突き止めることがより可能となるであろう。

相反する要求事項の正確な性質、範囲及び影響を理解することは、このジレンマに取り組む方法を突き止める上で重要な第一歩である。現地の要件は当初に想定していたよりも曖昧であるかもしれず、または対立は何か他の方法で誇張されているのかもしれない。このことを認識することが対立を緩和するための機会になる可能性もある。政府や現地当局に対して相反する要求事項の範囲に関して説明を求めることができるかもしれないし、また異議を唱えることさえ可能かもしれない。これはいずれも、人々に対するリスクや企業に対するリスクの軽減に役立ち、また人権を尊重するという企業のコミットメントをステークホルダーに伝えるために役立つ可能性がある。また、業界内または国内の他の人々が、反復される可能性がある人権侵害を軽減するアプローチを持っている場合もありうる。例えば、結社の自由が制限されている国で事業を運営している企業が、労働者とエンゲージメントを図るためのこれに類するプロセスを構築している場合などである。

企業が即時のまたは明らかな解決策を見出すことができない場合、関係する専門家であるステークホルダー-可能であれば、相反する要求事項によりその権利が影響を受ける可能性がある集団または個人を含む-とエンゲージメントを図ることが賢明であろう。企業は、常に特定の行動方針が影響を受けるステークホルダーに与えるリスクを自覚し、自身の決定においてはこれを考慮する必要がある。

企業がこの種の課題に直面した場合に、企業の行為はステークホルダーの精査の対象となる可能性が特に高い。企業は、このような状況において人権の尊重を維持するための努力を行っていることについて説明できなければならない。また通常は、報告によって人権へのリスクを増加させない限りは、それに関して報告することが望ましい。

現地法またはその他の要求により、企業が国際犯罪などの重大な人権侵害に関わるリスクにさらされるようなまれな状況においては、企業は、そのような状況で誠実に事業活動を継続するのかどうか、またどのように継続するのかを注意深く検討すべきであり、その一方では自身の活動を終了させることに起因する人権への影響についても認識していなければならない。

問84 なぜ重大な人権侵害に関わるリスクを法令遵守の問題とみなすべきなのか?

企業が重大な人権侵害に関わるリスクにさらされている場合、自身が法的に責任を問われるであろうことが明瞭であるか否かにかかわらず、そのようなリスクを深刻な犯罪への関与のリスクと同様の方法で扱うべきであることが、慎重さから求められる。これは、問題となっている人権侵害の深刻さ、及びこのような侵害への関与の結果による企業への法的リスクの増大の両方の理由による。

企業は、自身の活動を通じて重大な人権侵害を生じさせる場合がある。例えば、企業が奴隷的労働を用いたり、残酷、非人道的もしくは貶めるような扱いに至るような方法で労働者を処遇したりする場合である。企業はまた、例えば治安部隊などの別の関係者が犯した重大な人権侵害を助長する場合もある。このような重大な人権侵害への間接的な寄与は、法律的または非法律的な意味の加担であるとの主張を生じさせる可能性がある。

指導原則17の注釈には次のように記載されている。「法的なものとして、大半の国の法制は、犯罪への加担を禁止し、なかにはそのような場合には企業の刑事責任を認めるものもある。概して民事訴訟も、人権という観点から構成されていないかもしれないが、企業の加害関与があったという申し立てに基づくこともありうる。国際刑事法の判例は、幇助、教唆に関する基準が犯罪の実行に実質的な効果をもたらすような実際的援助または奨励を故意に提供することであるという点に重きを置いている」。例えば、企業は、自身が別の関係者に化学薬品を提供し、その後にその関係者が集団殺害犯罪行為のためにその薬品を使用したとの申立て、または戦争犯罪に関与している政府軍への後方支援の提供を行ったとの申立てに基づいて、法律上の加担の罪に問われている。

重大な人権侵害への関与についての多国籍企業に対する最近の法的手段の事例-ほとんどが民事責任訴訟の形式によるもの-は、一様ではないものの企業が法的責任を問われる可能性の網が広がっていることを示している。関係する人権リスクの性質や、また法律上の適用範囲(場合によっては地理的適用範囲も含む)が拡大していることを考慮に入れると、企業は、企業の活動が行われている場所の法律の状況にかかわらず、重大な人権侵害への関与のリスクがあるすべての事例を法令遵守の問題として取り扱うべきである。*9

問85 どのような状況が、特に重大な人権侵害に企業が関与するリスクをもたらすのか?

重大な人権侵害への関与のリスクは、有効な政府機関や法的保護が存在していない状況、または確立された深刻な差別のパターンが存在している状況において、最も高くなる傾向がある。おそらく最大のリスクは、そのような地域に限ったことではないとはいえ、紛争による影響を受けている地域において生じる。このような状況においては、自動的に企業内に警告を促し、このような高い水準のリスクに合うように緻密に調整された感度の高い人権デュー・ディリジェンス・プロセスを実施しなければならない。このように強化された人権デュー・ディリジェンスは、国際連合または局地的な政府間組織による制裁対象となっている国において事業活動を行っており、またはそのような活動を開始することを検討中である場合には、不可欠であるとみなされるべきである。

問86 難しい状況において生じた課題を評価し取り組む上で、企業はどこに支援を求めればよいか?

紛争による影響を受けている地域など、企業が人権を尊重する実行力に対して特定の課題を投げかけるような状況において事業を計画しまたは実施する場合に、多くの企業は、そのようなリスクを適切に評価することは難しいと考えるであろう。そのような場合、企業は、該当地域で活動しており、またはそのような地域から報告を行っている市民団体組織を含め、信頼のおける外部の情報源に助言を求めるべきである。それが適切である場合には、企業は、自身の本国政府を含め、政府に助言を求めることもできる。国の人権機関も有益な助言の情報源になりうる。ビジネスパートナー、業界団体または複数のステークホルダーのイニシアチブと協力することも、複雑な状況がもたらす人権リスクに適合するように非常に緻密に調整されたアプローチを考案する上で、助けになりうる(外部の情報の更なる例については、付録IIを参照)。

検討すべき事項

  • 当社は、人権に関する国内法が脆弱、施行されていないまたは存在していない状況で事業を運営しているか。当社のデュー・ディリジェンスはこのような要素及びそれが人権リスクにもたらす影響を評価しているか?
  • すべての従業員及び当社が取引関係を有する人々に、当社が国際的に認められたすべての人権を尊重するという基準に従って業務を行っていることが、明らかとなっているか?これらの人々は、それにどのような結果が伴うのかを理解しているか?
  • 当社は、国内法と国際的に認められた人権との間に相反する要求事項が存在する状況で事業を運営しているか?
  • そうである場合、その法律と国際基準の折り合いを付けることができないことについて、当社はどれほど確信があるか。人権へのリスクを増大させることなく、解決策を求めて当局にアプローチする余地はあるか?
  • この相反する要求事項に対処するために、十分に確立された方法または他の企業の成功事例があるか?
  • 深刻なジレンマに陥った場合、可能性のある最善の対応を判断する上で助けを求めるには、誰に頼ればよいか?影響を受けるステークホルダーの代表者をこのプロセスに含めることは可能か?
  • このようなシナリオにおける当社の決定及び行動について説明するために、当社はどのようなプロセスを備えているか?
  • 現地の要求事項のために、国際犯罪などの人権の甚だしい侵害への関与のリスクに当社がさらされる場合、どのようなプロセスを通じて、またどの程度の上級レベルの参加をもって、当社が留まることができるかどうかを判断することができるか?またそれが可能であれば、どのような条件によるか?
  • 重大な人権侵害への関与の可能性は、法令遵守の問題として当社内で対処されるのか?これこそが問題であると確信するためには、誰が、どの段階で関わる必要があるか?
  • 当社、または当社が取引関係を有する人が、紛争による影響を受けている地域において事業を運営している場合、この状況は自動的に企業内のより厳しいデュー・ディリジェンス・プロセスにつながるのか?
  • そのような紛争による影響を受けている地域における人権の状況、及び当社にとってのその影響をどのように評価するのか?当社はどの情報を利用すればよいのか?

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指導原則24

人権への実際及び潜在的な負の影響への対応策に優先順位をつける必要がある場合、企業は、第一に最も深刻な影響または対応の遅れが是正を不可能とするような影響を防止し、軽減するよう努めるべきである。

問87 なぜこれが重要なのか?

国際人権法には階層は存在しない。むしろ、人権は不可分、相互依存かつ相互関連のものとして扱われる。しかし、企業がすべての人権への負の影響に即座に取り組むことが常に可能なわけではない。多くの企業はさまざまな状況で事業活動を行っており、複雑なサプライチェーンを有しており、また多数のパートナーを抱えている。一連の人権への負の影響に関与するリスクに直面しているかもしれず、また企業がそれらすべてに即座に取り組む実行力については、ふさわしいリソース及びロジ面での制約が存在する可能性もある。

人権デュー・ディリジェンス及び是正のプロセスは、企業が自身の事業、製品またはサービスにつながる人権への影響を最小限にとどめる助けとなることを目的としている。これらの影響に対して合理的に同時に取り組むことができない場合は、人々に最も害を及ぼす可能性のある影響を重点的に扱わなければならない。これは、その範囲もしくは規模が最も深刻であり、または深刻となるであろう影響を、または対応が遅れた場合に救済不能となる影響を、優先することを意味する。最も深刻な影響への取り組みが終われば、企業は、次に深刻な影響に向かうべきであり、その後は、自身の実際の及び潜在的な人権への影響すべてへの取り組みが終わるまで、それが続く(これが、変化していく状況に適応した継続的な取組みとなる可能性が高いことに留意する)。

問88 何が「深刻な」影響とみなされるか?

指導原則14の注釈は、人権への影響の深刻さは「その規模、範囲及び是正困難度で判断される」と記載している。これは、影響の重大性と、影響を受けているもしくは受けることになる個人の数の両方(例えば、環境被害の遅発的な影響)が、関連検討事項であることを意味する。「是正困難度」は、3番目の関連要因であり、ここでは影響を受けた者を影響が生じる前の状況と少なくとも同様もしくは同等の状態に回復する力の限界を意味するものとして使用されている。この目的のため、金銭的補償は、それによりこのような回復を提供することが可能な範囲についてのみ重要となる。

影響を合理的に「深刻な」ものとみなすために、必ずしも前述の3つの性質のうち複数を備えていなければならないわけではない。すなわち、影響の規模や範囲が大きければ大きいほど、それが救済される可能性が減少することが多い。加えて、指導原則24では、特定の影響への取り組みが遅れるとその救済可能性が低下すること、また優先順位を付ける上でこのことを考慮すべきであるという事実が浮き彫りにされている。例えば、労働者が不当に解雇された場合、是正が長期にわたって遅延すれば、これらの労働者は他の仕事を探すために動くことを余儀なくされ、復職は困難なものとなる。

負の影響が実際のものというよりは潜在的なものである場合、リスク管理の標準的なアプローチでは、その発生可能性が、その深刻さと並行して、主要な要因であると示唆している。しかし、深刻な人権への影響の発生可能性が低いというだけで、リスクを軽減する努力の優先順位を下げることを正当化することはできない。そうではなく、潜在的な影響の是正可能性こそが、そのような努力を遅らせることの正当性を判断する上での主要な要因でなければならない。要するに、人権へのリスクという状況においては、実際のまたは潜在的なリスクの深刻さは、支配的な要因でなければならないのである。

多くの場合、例えば、個人の生存権や健康に生きる権利、またはすべての集団もしくはコミュニティの福祉に根本的に影響を与えるような影響のように、どのような種類の影響が「深刻」または「救済不能」であるかは自明であることがある。また企業は、自身が重大な人権侵害に関わるリスクに関わっていることがわかった場合、このようなリスクに取り組むことは常に優先されるべきである。

それ以外の場合においては、どのような人権への影響を最も深刻に考慮すべきか、またはどの要因がその是正可能性に影響を及ぼす可能性があるかがあまり明瞭ではないことがある。さらに、指導原則24の注釈では、「深刻さ」を絶対的な概念としてではなく、企業が特定した他の人権への影響と相対的に見るべきであると述べている。可能であれば、企業には、自身がどんな影響を与える可能性があるのかを確実に理解することができるように、その権利がリスクにさらされている人とエンゲージメントを図ることが勧められる。

事業活動の状況に応じて、最も深刻な人権への影響は、子ども、女性、先住民族など、脆弱性または社会的排斥のより高いリスクにさらされている集団に属する人々、または民族的その他の少数派に属している人々が直面している影響である場合がある。企業が、自身の人権への対応に優先順位を付けることが必要であると判断した場合、そのような集団の脆弱性や、特定の影響への対応の遅れがそのような人々に偏って影響を及ぼすリスクを考慮しなければならない。

問89 影響が深刻とはみなされないとは、何を意味するのか?

もっとも深刻とみなされる問題に取り組むことは、企業によるデュー・ディリジェンス・プロセスを通じて特定された他の人権への影響に取り組む必要がないということを意味しない。むしろ、この原則は、すべての影響に一度に取り組むことができない場合の対応の順序付けに関するものである。企業は、依然として自身の実際の及び潜在的な人権への影響すべてに取り組むことについて責任がある。また、当初は深刻と見られていなかった影響であっても、適切に対処されなければ、より深刻な侵害に発展する(またはそのように受け取られる)可能性があることは、留意しておくに値する。

検討すべき事項

  • 当社が特定した人権への負の影響への対応を順序付ける必要があるか、またはこれらすべてに並行して取り組むことが可能であるか?
  • 当社の対応の順序付けのために優先順位を付ける必要がある場合、当社は、当社が与えた影響の深刻さを評価する手段を有しているか?
  • 影響の深刻さを評価するための当社のシステムは、範囲、規模及び是正可能性を考慮しているか?
  • そのシステムは、潜在的な影響が深刻である場合に、その発生可能性にかかわらず、対策を取る上で優先すべきものということが反映されているか?
  • そのシステムは、最も深刻な人権への影響を被る可能性のある、弱い立場の集団に属する個人に、特別な注意を払っているか?
  • そのシステムは、実際の影響への対応の遅延がその救済を困難にするような状況を特定することができるか?
  • 最も深刻な人権への影響への取り組みがなされた後、当社のシステムは、すべての影響が対処されるまで、自動的に次に深刻な影響への取り組みへと進んでいくか?

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付録I

国際人権章典及び国際労働機関の中核的条約に記載されている権利

A. 国際人権章典

国際人権章典は、世界人権宣言と、この宣言を成文化するための主要規約である市民的及び政治的権利に関する国際規約と、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約で構成される。この2つの規約においては、類似する規定により、特定の権利に関連して適用される差別の禁止と男女の平等が支配原則として定められている。両規約は、世界人権宣言における権利を次のとおりに詳細に認め、定義している。

市民的及び政治的権利に関する国際規約

第1条:
人民の自決の権利
第2条-第5条:
重要な原則
第6条:
生命に対する権利
第7条:
拷問または、残虐な、非人道的なもしくは品位を傷つける取扱いまたは刑罰を受けない権利
第8条:
奴隷制度、隷属状態または強制労働の対象とならない権利
第9条:
身体の自由及び安全についての権利
第10条:
拘留された者が人道的な取扱いを受ける権利
第11条:
契約を履行することができないことで拘禁されない権利
第12条:
移動の自由
第13条:
外国人の追放の際の適正手続を受ける権利
第14条:
公正な裁判を受ける権利
第15条:
遡及処罰を受けない権利
第16条:
法の前に人として認められる権利
第17条:
プライバシーについての権利
第18条:
思想、良心及び宗教の自由についての権利
第19条:
意見及び表現の自由についての権利
第20条:
戦争宣伝からの自由についての権利、及び人種的、宗教的または国民的憎悪の唱道からの自由についての権利
第21条:
集会の自由についての権利
第22条:
結社の自由についての権利
第23条:
家族の保護についての権利及び婚姻についての権利
第24条:
児童の保護についての権利
第25条:
公務に参与する権利
第26条:
法の前の平等の権利、法律による平等の保護を受ける権利、及び差別を受けない権利
第27条:
少数民族の権利

経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約

第1条:
人民の自決の権利
第2条-第5条:
重要な原則
第6条:
労働の権利
第7条:
公正かつ良好な労働条件を享受する権利
第8条:
労働組合を結成及びこれに加入する権利、ならびに同盟罷業をする権利
第9条:
社会保障(社会保険を含む)についての権利
第10条:
家庭生活についての権利
第11条:
相当な生活水準についての権利(これには、相当な食糧についての権利、相当な住居についての権利、及び強制退去の禁止が含まれる。またこの権利は、安全な飲料水及び衛生についての権利をも含むと解釈されている。)
第12条:
健康についての権利
第13条及び第14条:
教育についての権利
第15条:
文化的生活に参加する権利、科学の進歩による利益を享受する権利、著者及び発明家の物質的及び精神的な権利

B. ILOの中核的条約

1998年、ILOは、労働における基本的原則及び権利に関する宣言を採択した。この宣言は、労働における4つの基本的な原則及び権利、すなわち、結社の自由及び団体交渉権、強制労働の排除、雇用及び職業における差別の排除、ならびに、児童労働の廃止を尊重するよう加盟国に呼びかけたものである。これらにはそれぞれ2つのILO条約が対応しており、すべてを合わせてILOの8つの中核的労働基準を構成している。

1.
1949年結社の自由及び団結権の保護に関する条約(第87号)
2.
1949年団結権及び団体交渉権についての原則の適用に関する条約(第98号)
3.
1930年強制労働に関する条約(第29号)
4.
1957年強制労働の廃止に関する条約(第105号)
5.
1951年同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約(第100号)
6.
1958年雇用・職業差別禁止条約(第111号)
7.
1973年就業の最低年齢に関する条約(第138号)
8.
1999年最悪の形態の児童労働に関する条約(第182号)

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付録II

外部専門知識の例

  • 人権リスクに関する情報及び助言は、概括的であれ、また特定の業界や特定の地理的背景について、または労働者の権利や先住民族の権利といった特定の問題についてであれ、複数の政府機関や部局からますます利用できるようになってきている。
  • 権威ある信頼できるオンライン情報は助けになる。これには、例えば、国連人権高等弁務官事務所(www.ohchr.org)や国際労働機関(www.ilo.org)のウェブサイトなどがある。
  • それ以外に助言を得るために利用可能な信頼できる情報源としては、多くの国の人権機関、国際労働基準に関する企業のためのILOのヘルプデスク、また評判の高いビジネス関連の人権問題に注力しているNGOや学術機関が挙げられる。
  • グローバル・コンパクトとは、国際連合の世界的な企業の責任についてのイニシアチブである。ビジネスと人権に関する指導原則とグローバル・コンパクトの関係については、www.unglobalcompact.org/docs/issues_doc/human_rights/Resoures/GPs_GC%20note.pdf
    (2012年3月8日にアクセス)に概要が示されている。一連のツール及び手引きの資料(その多くは中小企業にも関係する)は、国際連合グローバル・コンパクト(UNGC)のウェブサイト(www.unglobalcompact. org/Issues/human_rights, Guidance Material)から直接にダウンロード可能である。例えば、
    • Business and Human Rights Learning Tool(UNGC/ OHCHR、2011年):国際連合の「保護、尊重及び救済」の枠組に反映されている、ウェブベースのモジュール統合課題と、人権原則の実施に関する最新の傾向及びビジネスからの期待についてのケーススタディ。試験を成功裡に終了すると、ユーザーは証明書を取得することができる。
    • The Human Rights Matrix(Business Leaders Initiative on Human Rights/Global Business Initiative on Human Rights/Credit 360、2010年更新):人権マトリクスとは、企業が人権に関する自身の方針や人権について自身が取るアプローチを特定することにより、自身の人権パフォーマンスを理解し取り組みを始めることを可能にする初期の自己査定及び学習のツールである。これは、企業が自身の人権プログラムやパフォーマンスを視覚化し、評価し、管理するために役立つ。
    • How to do Business with Respect for Human Rights(グローバル・コンパクト・ネットワーク・オランダ、2010年):この出版物は、ビジネスと人権のための国際連合特別代表の「保護、尊重及び救済」の枠組に基づく。その内容、知見及び指針の要点は、グローバル・コンパクト・ネットワーク・オランダの多国籍企業10社の経験に基づいており、この枠組に沿って人権を尊重するためのコミットメントを実施する企業を支援することを意図している。
    • Human Rights Translated: A Business Reference Guide(UNGC/OHCHR/Castan Centre for Human Rights Law/International Business Leaders Forum、2008年):この出版物の目的は、広く認められている人権を、ビジネスにとっての意味の観点から説明することである。この出版物では、事例や推奨される実際の活動を用いることにより、人権がどのように企業において関係するのかを明らかにしている。
    • Guide to Human Rights Impact Assessment and Management(UNGC/International Finance Corporation/International Business Leaders Forum、2010年改訂):この双方向型のオンラインツールは、人権リスク及び自身の業務活動への影響を評価及び管理する方法についての手引きを企業に提供するために作られている。この手引きはさまざまな種類の組織に役立つものであるが、企業をその主要な対象者としている。この手引きは、登録すれば無料で利用することができる。
    • Guide on How to Develop a Human Rights Policy(UNGC/OHCHR、2011年):企業が人権に関する方針を作成し、実施する方法についての説明を提供している。
  • OECDは、Risk Awareness Tool for Multinational Enterprises in Weak Governance Zones(ガバナンスの脆弱な地域における多国籍企業のためのリスク認識ツール)(2006年)を含め、幅広く用いられているツールや手引きも提供している。www.oecd.org/ dataoecd/26/21/36885821.pdfより入手可能(2012年3月8日にアクセス)。
  • 同一業界の他の企業が批判を受けまたは裁判に持ち込まれているような人権への影響に関する情報は、企業が重点的に扱うべき問題の非常に優れた指標となる。ニュース報道は、特定の業界が直面している渦中の人権問題を指し示している場合がある。このような情報について広く評価を受けている情報源の1つが、ビジネスと人権リソースセンター( www.business-humanrights.org)である。
  • 企業の活動を批判的に評価したさまざまなNGOのウェブページは、関連する問題についての指標となる。
  • 企業自身の業界内で利用可能な関連する経験や助言が存在する場合がしばしばある。業界のイニシアチブの事例は、ビジネスと人権リソースセンターのウェブサイト上で見ることができる。業界団体が会員に手引きを提供することができる場合もあれば、グローバル・コンパクト・ローカル・ネットワークがその活動地域の人権を対象としている場合もあり、また特定の地理的地域に関する手引きを求めている企業向けの関連情報を備えている場合もある。www.unglobalcompact.org/networksaroundtheworld/index.htmlを参照(2012年3月8日にアクセス)。
  • 評判の高い複数ステークホルダーまたは業界のイニシアチブは、ビジネスや人権についての課題に取り組む上での助言及び経験のため特に有益な情報源になりうる。
  • 共有されている人権についての課題に取り組むための協力の機会が存在している場合もある。例えば、ブランドやそのサプライヤーは、バリューチェーンにおける人権リスクの削減において共通の利害を有している場合があり、共通の目的を果たすために情報のプールを可能にしている。
  • 紛争による影響を受けている地域で事業を運営している企業に関する指針については、International Alert and Fafoが作成した「Red Flags: Liability risks for companies operating in high-risk zones」を参照。(www.redflags.info/index.php?page_id=14&style_id=0)(2012年3月8日にアクセス)より入手可能。

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